『皇帝ペンギン ただいま』草刈正雄 単独インタビュー
家族への愛はペンギンも人間と同じ
取材・文:高山亜紀 写真:日吉永遠
第78回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した『皇帝ペンギン』が12年ぶりの続編となる『皇帝ペンギン ただいま』として帰ってきた。日本語版のナレーションを担当した草刈正雄は、“世界でもっとも過酷な子育てをする鳥”として知られる彼らの実態を知り、収録中は何度もストップしてしまうほど感動したという。NHKの大河ドラマ「真田丸」での理想の父親像が老若男女から支持されている草刈が、皇帝ペンギンのオスのすさまじい子育てについて語る。
南極は意外と暑かった
Q:日本映画として初めて南極ロケをした『復活の日』に主演されていたことが縁で、この作品のナレーションをオファーされたそうですね。
40年も前になりますね。なかなか行ける時期ではない時に行けたので、本当にありがたいことでした。撮影が行われたのは夏で、天候がいい日も続いたので、「南極って意外と暑いな」という感想を持ちました(笑)。Tシャツで過ごすこともあったくらいでしたので、びっくりでした。
Q:では、本作のペンギンたちの環境は、草刈さんが体験した南極とは印象が違いますね。
こっちは本当にもう厳しいです。過酷な状況での生活。もちろん、僕らがいた間もブリザードが吹き荒れる日もありました。それはそれで映像を観ていると思い出します。「こんな日もあったなぁ」と非常に懐かしかったです。もちろん仕事で撮影に行ってはいましたが、ペンギンとの触れ合いもありました。
Q:どんな触れ合いだったんでしょう?
ひと月も南極にいたものですから、その間に繋がりができました。ペンギンはすごく好奇心が強いんです。僕らは撮影の時、ゾディアックという大きなゴムボートで移動していたんですが、そこにぽーんと飛び込んでくるんです。そういうことが何回かありました。「陸と間違えているのかな?」と不思議に思いながら、それがものすごく印象に残っています。ペンギンはとてもかわいくて、特に赤ん坊は毛むくじゃらなんです。また、動きが何とも言えないかわいさでした。
親子の別れに思わず涙
Q:ナレーションは俳優業とはまた違いますか?
基本的にはそんなに変わらないと思います。説明するにしても何にしても、台本から読み取れる思いがあるので、その思いさえしっかり捉えることができれば。俳優の仕事もそうですが、作り手の思いを捉えることさえできれば、自然と良い仕上がりになっていくと思う。そういう風に僕はやっています。
Q:ナレーションをする際、どんなことに心掛けたのでしょう?
映像を観ていると、南極の思い出が浮かんでくるんです。しかも映像が親子の絆や愛をしっかり訴えかけてくる、本当にドラマチックな展開になっていますので、とても感動的なんです。「こういう厳しい環境でよく生きていられるなあ」と感心するところもありますし、「あぁ、親子はこうやって、いつかは離れていってしまうもんだな」とどんな動物も独り立ちする時があるんだと、感慨深いものがありました。
Q:ナレーションしながら、ご自身のお子さんのことを思ったりしましたか?
自分の子供のことはそんなに思わなかったな(笑)。それより母と自分のことの方が、ナレーションしながらよぎった瞬間がありました。我々母子はこの作品に出てくるペンギンたちとは違った意味で、大変厳しい環境でしたから。
Q:ペンギンを擬人化しているところが面白い観点だと思いますが、どう思いましたか。
人間の親子関係もそうですが、生き物はみんな同じような感覚なのかなと思いました。夫婦、親子といった家族。ほとんど変わりないと思います。
イクメンのペンギンたちに感心
Q:お父さんが過酷な子育てをするペンギンの状況は男性の視点から見て、どう感じましたか?
お母さんが先に行ってしまって、後の子供の世話をお父さんがしているんですよ。まあ、いずれお父さんもいなくなってしまうけれど。その辺りのペンギンの習性も初めて知ったので、ペンギンの子育てを見て感心しました。
Q:いまでいうところのイクメンですね。
そういう意味では確かにそうですね(笑)。イクメンっていうと少々、ポップな感じがしますが、若い世代の人は「なるほど」と思うのかもしれません。映像を観て、自分を重ね合わせる若いお父さんもいるかもしれません。いまは昔みたいに女の人に育児を任せて、男の人は外で働くなんてことはなくなってきているでしょう。いい時代になってきたと思うところもあります。そんな風に変わってきたとしても、親子、家族の形はそうそう変わるものではないのでしょう。ペンギン親子の別れは本当に切なかったです。母親が行ってしまい、少しだけ育てて父親も離れていく。その後は一人で生きていくしかない。とても切なさを感じました。
Q:草刈さんは素敵なお父さんのイメージがあり、この作品にぴったりだと思いました。
それはありがたいことですが、僕はそんなに子供たちをかまってあげていなかったです。子供が小さい頃はあまり話さなかったし、子供たちには怖いお父さんだったかもしれません。ちゃんと話すようになったのは、大人になってからです。
Q:昔の親子は「話をしなくてもわかり合える」というようなところがありましたよね。
それはある意味わかりますが、たとえ親子でも話さないとわかり合えないこともあると思います。何も話せなくてもわかり合えるというのは、きれいごとなのかもしれません。
草刈正雄が考える育児論とは
Q:草刈さんの育児論はありますか?
頭の中ではこんな風に育てたいとか、こう育ってほしいとか思い浮かべますけど、現実は理想通りにはいかないものです。つい感情的になって、きつく叱ってしまうこともありましたし、皆さんが思っているようなイメージとはまた違うかもしれません。
Q:NHKの大河ドラマ「真田丸」をはじめ、草刈さんには優しくて素敵なお父さんのイメージを持っている人も多いと思います。
そこに関しては仕事として、長く俳優をやっていますから、直感で演じるだけです。台本を読めば、「あ、これはこういうことだな」と理解できます。実生活での父親業は思うようにはいきませんが、これだけ長く生きていますから、想像することはできます(笑)。いろんなお父さん像がありますよね。作品によっても違いますし。台本を読んでまずそこを掴む。それがもう演じることに繋がっているんです。
Q:この作品を通じて、親子について改めて思い直したことはありますか。
僕には父親がいなかったものですから、父親ってどんなものだろうとずっと理想を追い求めてきました。だから、自分自身はそんな風になれなかったのかなと思ってしまうことが多いです。お手本がいない分、頭でっかちになっていたのかもしれません。一人で生きていかなければならないペンギンの姿を見ていて、そんなことを思ったりもしました。素晴らしい映像があって、しっかりとした親子のドラマになっていますので、そういった関係性も伝わればいいなと思います。ペンギンの愛らしさや家族の絆などを楽しんでもらいつつ、思いっきり泣いてくれたらうれしいです。
NHKの大河ドラマ「真田丸」では「草刈パパ、最高!」などと騒がれ、大人気だった草刈正雄。「理想と現実は違いますよ」と謙遜する姿がまたかっこよく、劇中のパパペンギンが奮闘する姿同様、多くのイクメンに大いなる勇気を与えてくれそうだ。独特の包み込むような声でナレーションを完璧にこなし、インタビュー時の写真撮影ではダンディなポーズを決めてくれるなど、まさに「ぬかりない」姿を見せた。
(C) BONNE PIOCHE CINEMA - PAPRIKA FILMS - 2016 - Photo : (C) Daisy Gilardini
映画『皇帝ペンギン ただいま』は8月25日より全国公開