『億男』佐藤健 単独インタビュー
何にストイックであればいいのか今はわかる
取材・文:坂田正樹 写真:尾鷲陽介
2018年、これまで以上に精力的な活躍を見せた佐藤健が、出世作である『るろうに剣心』シリーズの大友啓史監督と約4年ぶりにタッグを組んだ『億男』で主演を務めた。累計発行部数76万部を突破した川村元気による同名小説が原作で、借金に追われ妻子に見捨てられ絶望の淵にいた男が、3億円の宝くじを当てたことから人生が一変するさまを体現した。キャリアの中で「一番ダサい男」にトライしたという佐藤が、本作にまつわる撮影秘話を語った。
キャリア史上、最もダサい男
Q:原作を読んで一番興味を持ったところはどこですか?
僕が演じた一男が、親友・九十九(つくも/高橋一生)とともに消えた3億円を捜すためにさまざまな人と出会っていくんですが、クセの強いキャラクターたちが、お金の“本質”を突いたセリフをバンバン言ってくるところが面白かったですね。お金について描くということは、人間について、あるいは生き方について描くことにつながってくるので、そういう考えを巡らせる貴重な時間になると思いました。
Q:主人公の一男は、お金の猛者たちに振り回される、いわゆる受け身の役でしたが、難しかったですか?
受ける芝居の難しさというよりも、一男というキャラクターをどういうキャラクターに定めるか、模索する作業が難しかったです。その答えがなかなか出ない状況の中で、スタッフ全員で試行錯誤しながら作り上げていったという感じですね。その結果、“ダサ面白い人”になればいいな、というところに着地しましたが(笑)。
Q:ダサ面白い人……とは?(笑)
「こいつ、どうしようもないな」と思いながら、心のどこかで応援したくなるというか、「ダメだなぁ、バカだなぁ」って思いながらも、それが嫌悪感にならないキャラクターになればいいなと。僕がこれまで演じてきた役の中で、一番ダサい男だと思いますが(笑)、最終的にキャラクターを定めてからは、ブレずにやり通せたと思います。
初共演・高橋一生の演技に驚き
Q:高橋一生さんとは初共演だそうですが、どのような印象でしたか?
ざっくり言うと「お芝居のうまい」方。久しぶりに「うわぁ、この人すごいなぁ」とシンプルに思いました。共演シーンも多く、本当に刺激的でした。クランクインがモロッコ旅行のシーンで、一生さん演じる(謎多き親友の)九十九というキャラクターとそこで初めて対面したのですが、「なるほど、こういう成立方法があるのか」と演技に感心しつつ、九十九というキャラクターをしっかりと理解することができたので、そのあとの芝居がやりやすかったですね。そういった意味では、モロッコから撮影が始まってよかったなと思います。
Q:モロッコ旅行のシーンは本当に美しかったですね。ロケでの思い出は何かありますか?
モロッコって、モノに値段がないんですよね。これはかなりのカルチャーショックでした。「これ、幾ら?」って聞くと、「幾らなら買う?」って聞いてくるんです。全て交渉でモノを買うんですが、値切られる前提で相手は値段を言ってくるし、こちらはそれを読んで下の値段で言ってみる。駆け引きが当たり前の世界なんですよね。例えば、すごくのどがカラカラなときは、水の価値だって変わってくるだろうし、そういうことが日常で行われているのには驚きました。
Q:今回の映画のテーマにマッチした街ですね。
まさにそうですよね。あくまでも推測ですが、原作者はそういったこともあってモロッコを選んだのかもしれません。
Q:実際に何か買い物をしたんですか?
超いらない服を買いました(笑)。モロッコの民族的なデザインで、日本じゃ絶対着ないような服。要はモノが欲しかったわけじゃなく、駆け引きしながら買い物することに興味が湧いてしまって。一生さんは絨毯を買ったと聞きました。
大友監督なくして、佐藤健は存在しない
Q:『るろうに剣心』シリーズ以来、大友啓史監督とは約4年ぶりのタッグですね。佐藤さんにとって大友監督はどういう存在ですか?
『るろうに剣心』シリーズは間違いなく自分の代表作であり、この作品で注目してくれた方がたくさんいる、という事実があるので、そういった意味では、「大友監督なくして佐藤健のキャリアはない」と思っています。本当に感謝しています。あとは、現場がすごく楽しいんですよね。とにかくスケールが大きくて、その中で芝居ができるのは役者にとって幸せなこと。「贅沢だなぁ」と思いながら、いつも撮影に行かせてもらっていました。
Q:大友監督は、撮影現場ではかなりアツい方だと聞いていますが?
アツいですよ、アドレナリンが常に出ている(笑)。僕はそれを受け止めるという感じですね。だから、9対1くらいで大友監督がしゃべっています。僕はあまり感情が表に出ないタイプですが、大友監督はわかりやすくアウトプットされるタイプだと思います。
Q:では、演出も情熱的にどんどん要求してくる感じですか?
人柄はアツいんですが、いざ現場に入ったら、逆に役者から出てくるものをじっと待ってくれる。「ああしてほしい、こうしてほしい」とは一切言わない。ただひたすら、役者から出てくるものを撮ろうとする監督。辛抱強いというよりも、器が大きいといいますか。別に出なかったら出ないで、「じゃあ、次」という感じで。自分の思いを押し付けることはしない方です。
Q:『るろうに剣心』から『億男』まで映画主演作が続いています。主役を張り続けることの大変さ、プレッシャーなどはありますか?
考えすぎて苦しくなるようなことはないですが、自分が主演をやらせていただける以上は、やはり「面白いものにしなくちゃいけない」と思っているし、面白いものにする自信がないなら、出ない方がいいと思っています。やるからには「いい作品にする」という気持ちは常にありますね。それをプレッシャーとも言うんでしょうけど。
主演が続いたことでの変化
Q:出演作はアクションから恋愛、青春、感動実話など役の幅が実に広いですが、意図的なことでしょうか?
20代前半は、あまりイメージが偏らないように気をつけて作品を選んでいるところはありました。でも最近は、自分が「やりたい」と思った作品を素直に選ぶように心掛けているので、たまたま違うジャンルだったりすることが多いですね。逆に似たようなジャンルの映画が重なったりすることもありますが、それはそれで気にせず、「やりたい」気持ちを優先するようにしています。
Q:主演を続けることで演技への向き合い方が変わってきたことなどはありますか?
どこに対してストイックであるべきかが、見えるようにはなりましたね。昔は何に対して、どの方向に向かってがんばればいいのかが今ほど見えていなかった。『億男』で言うならば、芝居をするのではなくて、一男として“生活”することを心掛けました。その生活ぶりがたまたまカメラで切り取られている、そういうアプローチがいいなと。例えば、眠れなくてイライラしてしまうシーンのときは、実際に寝ないで現場に行ったり、二日酔いのシーンでは、本当に朝まで飲んで、メイクもしないままそのまま倒れこんだり。かなりリアルを追求しました。
Q:共演の皆さんも濃厚なキャラクターをやりきっていましたね。
エンタメキャスティングと言うんですかね(笑)。大友組のいつもの見どころなんですが、役者たちがとにかく“スパーク”するんですよね。一生さんをはじめ、北村一輝さん、藤原竜也さんなど、共演者の振り切った演技もぜひ楽しんでほしいです。
作品ごとに役へのアプローチを変えるという佐藤。本作でも、“ダサ面白い男=一男”をよりリアルに感じてもらうために新たな手法に挑戦し、そのスキルの高さを改めて証明してみせた。高橋一生、黒木華、池田エライザ、沢尻エリカ、北村一輝、藤原竜也ら芸達者な共演者たちに囲まれながら、体幹の強い演技で応戦する佐藤の新境地。俳優としてまた一歩、大きなステップを踏み出した。
ヘアメイク:古久保英人(Otie)/スタイリスト:岡部俊輔(UM)
映画『億男』は10月19日より全国公開