『人魚の眠る家』篠原涼子&西島秀俊 単独インタビュー
あふれ出す感情を抑えられなかった
取材・文:須永貴子 写真:中村嘉昭
東野圭吾の同名ベストセラー小説を『TRICK』シリーズなどの鬼才・堤幸彦監督が映画化したヒューマンミステリー。篠原涼子と西島秀俊は、娘が突然の事故で意識不明の重体となる別居中の夫婦にふんした。篠原は全身全霊でわが子を守り抜こうとする母・薫子を、西島は自身が経営する会社の新技術で娘の回復を試みる父・和昌を鬼気迫る演技で表現。二人は繊細な題材を扱う作品にどう向き合ったのか? 抱いていた不安や気持ちの変化、次から次へと感情があふれ出したという撮影の裏話を明かした。
生半可な気持ちでは参加できない
Q:オファーを受けてから、出演を決意するまでにどんなことを考えましたか?
篠原涼子(以下、篠原):数年前、東野圭吾さんの小説の帯にコメントをくださいというお話をいただいて。それから1~2年経ってから、この役のオファーをいただいたんですが、正直、躊躇しました。自分にも子供がいるので、弱さが出てしまうんじゃないかと不安になって。でも、夫の「やるべきだよ!」という言葉をはじめ、いろいろな人たちが背中を押してくれて、挑戦することにしました。東野さんが最も伝えたかったテーマについて、自分も怖がってばかりではなく、メッセージを伝えていけたらいいなと思いました。
西島秀俊(以下、西島):生半可な気持ちでは参加できない作品だな、という第一印象がありました。はたして自分がこの作品に参加する資格があるのかということもすごく考えました。この映画はただの難病ものではなく、途中から思いもよらない方向に事態が転がり始めていって、本当に感動する人間ドラマとして決着がつく、サスペンス・エンターテインメント。素晴らしい原作であり脚本だったので、「ぜひやらせてください」と言いました。
Q:「参加する資格があるのか」とまで考えたんですね。
西島:この作品や役の高いハードルを、自分が超えられるのだろうかと考えました。全シーンでその都度、究極の選択を迫られる家族の話なので、自分の集中力が万が一途切れたらどうしようという恐怖がありました。だから今回、ほぼ順撮りで撮っていただけたのは、すごく大きかったと思います。
篠原:本当に大きかったよね。精神的にも助けられたし、お芝居の感情的にもつながりを持たせやすかった。
西島:現場に入ると、堤監督が前日までに撮ったものをつないだ映像を見せてくれて。
篠原:「昨日はこういうのをやったんだよ」って。今回、わたしはあまり計算をせず、動物的なお芝居をしたので、お芝居をしているときの記憶があまりないんです。だから「あ、こういうお芝居をしていたんだ」ということがわかって、ものすごく助かりました。
西島:しかも音楽もついて、編集までしてあった。あれは堤監督ならではのやり方でした。
子を持つ親として表れた感情
Q:それぞれ演じるにあたり、事前にどんな準備をしましたか?
篠原:まずは、実際に脳症のお子さんの長期介護をされている方にお話を聞きに行きました。床ずれはもちろん、血液の流れが止まらないように、1日に何十回も体勢を変えるんです。呼吸のための鼻水や痰の吸引も、お芝居ですから実際にはやらないけれど、リアリティーが大切なので、手慣れている感じが出るまで何度も練習しました。
西島:僕の役にとっては、父親との関係性が重要だったので、カリスマ経営者の父を持つ二世経営者の方にお会いして、その思いを聞きました。あと、脊髄の反射で体が動く研究をしている方にも話を聞きました。内容も大切ですが、その方がどんな雰囲気なのか、どんな話し方をするのかも気にしました。
Q:実際にお二人とも子を持つ親ですが、お芝居に影響があったと思いますか?
篠原:やっぱりあったと思います。自分の命を捨ててもいいくらい大切な子供が映画と同じ状況になったらどうするんだろうということは考えましたし、わが子を抱き締めるとき、見つめるとき、話しかけるとき、自分の経験が反映されなかったとは言えないと思います。自然に涙が出てきてしまったシーンもあり、演技だけではない感情がたしかにありました。感情がむき出しになる作品だったし、そのひとつの理由に、自分に子供がいるということはあると思います。
西島:一人の男としての人生が、役や作品にもしも反映するとしたら、こんなに素晴らしいことはないと思います。気持ちを持続できるだろうかと心配して現場に入ったんですが、実際に入ってみるとそんな心配はまったく必要なかったのは驚きでした。むしろ、感情の抑えが利かなかった。何回やっても、感情がどんどん出てくるんです。
篠原:そう! 本当に、枯れることなく感情があふれ出てきて。
西島:篠原さんは、段取りのときからボロボロ泣いていて。
篠原:いくらでも涙が出てきた(笑)。
西島:それはもしかしたら、自分の実人生で感じていることが、お芝居を通して出てきているのかもしれないなと思いました。
篠原:西島さんのおっしゃる通りの現場でした。初めて脚本を読んだときに涙が止まらなくなったんですけど、現場に入ってからも、その日のシーンを確認するために読み返すだけで、同じシーンやセリフでボロボロ泣いてしまって。それはそのままお芝居に反映されています。こんなことは初めてでした。
もし映画と同じ状況になったら
Q:「もしも自分の子供が映画と同じ状況になったら」という自問に、答えは出ましたか?
篠原:薫子と同じことをすると思います。肉体が突然消えちゃうのは嫌ですし、子供にはできるだけそばにいてほしいから。でも、自分は薫子ほど強い人間かどうかはわからないので、どうなるか、わからないですね。
西島:自分も、できることは全部やるだろうなと思います。映画の中でも投げかけられる「魂がどこにあるのか?」という問いに結論は出ていませんが、子供だけじゃなく親もそうですが、魂が体に残っていると感じる限りは、やれることはやりたいと思います。
母の愛のすごさ
Q:この作品を経験して、家族に対する思いに変化はありますか?
篠原:日頃、本当に幸せなんだなと改めて感じました。撮影中は子供たちになかなか会えなかったので、「今何やっているのかな」といつも以上に考えました。でも、実際に会うと生意気だから「こいつッ」とか思っちゃうんですけど(笑)。
西島:(笑)。今回の作品で改めて、母の愛のすごさを感じました。父親の愛情とはちょっと違うんですよね。世界が自分のことをどう見ようと、わが子のために愛情を注ぐ姿が感動的でした。普段、よそのお母さんとお子さんが歩いているところを見かけると「この方もそうなんだろうな」と思うようになりました。
篠原:お父さんはやっぱり違うもの?
西島:父親と母親の愛情の深さは変わらないと思うけど、母親の愛情は子供にまっすぐ向かって、父親の愛情は家族を守る、という形になりやすい気はします。
Q:西島さんが演じる和昌は、家族に向き合い葛藤していたように思います。そして篠原さんは、“普通の母親”の愛情の強さと深さを全身で表現していました。
篠原:勇気を出してやってよかったと思います。たった2時間しかない作品の中で、一人の女性のいろいろな感情が出てくる役柄なので、女優というお仕事をさせていただくうえで、とてもやりがいがありました。
西島:この作品は母の愛がどこまで暴走して狂気を帯びるものなのか、というサスペンスです。
篠原:薫子がどうなっていくのか。そして、周りの人がどうするのか。
西島:登場人物がどういう選択をして、どこに決着するのかが、この映画のエンターテインメントとしての見どころだと個人的には思います。
篠原:そこが、東野圭吾さんの作品だなって思います。
取材でも息ぴったりの篠原と西島。撮影前に抱いていた不安を撮影現場で吹き飛ばして、エンターテインメント性の高いミステリーを完成させた。あふれ出す感情を自然に芝居へと反映させた二人は、これから先も重ねる年輪を、演技で見せ続けるに違いない。
映画『人魚の眠る家』は11月16日より全国公開