『旅のおわり世界のはじまり』前田敦子 単独インタビュー
ギリギリの状態だった絶叫マシン
取材・文:編集部・石井百合子 写真:中村嘉昭
女優の前田敦子が、日本・ウズベキスタン合作映画『旅のおわり世界のはじまり』で、かねてからリスペクトする黒沢清監督と3度目のタッグを組んだ。前田は、バラエティー番組で取り上げる幻の怪魚を探すためにテレビクルーとともにウズベキスタンを訪れ、人生の転機を迎えようとするリポーターにふんしている。1か月に及んだウズベキスタンロケから約1年、名曲「愛の讃歌」歌唱シーンをはじめ、思い出深い本作での体当たりの演技を振り返った。
監督から「笑顔」を禁じられる
Q:『Seventh Code セブンス・コード』(2013)、『散歩する侵略者』(2017)に続く黒沢監督との作品です。ほぼ前田さんが映らないシーンはないほどの100パーセントの主演映画ですが、セリフ自体は少なく、身体の動きや表情で表現するシーンが多い印象です。
セリフのシーンが1週間ない、というようなこともありました。だから、量が少なかったとしても「今日は久々にセリフがある!」と構えてしまったときもありました(笑)。普段、意識することはないので、初めての経験だったように思います。
Q:セリフがない演技、それはそれで苦労がありますよね。
何を撮っているのかわからなくなりそうになるときはありました。ひたすら走るだけのシーンもあって、「これでいいのかな?」「同じようには走らない方がいいんだよね……」などと余計なことを考えてしまったりすることもありました。
Q:走るシーン、多いですよね。監督と演技についてはあまり話し合うことはなかったとか?
そうですね。今回の撮影では監督が話そうとされていなかったので、わたしからうかがうのも違うような気がして。
Q:葉子はテレビ番組のリポーターですが、カメラの前で演じるという点では通ずる部分もあるのではないかと思います。シンパシーを感じるようなところはありましたか?
わたしは葉子ほど淡々としていなくて、どちらかというともっとあっけらかんとしていると思います。監督からは「人に優しくしないでください」と強く言われていたので、そこは葛藤しました。例えば、「ADの佐々木(柄本時生)には冷たく接してください」「笑顔を見せないで」といったふうに。
Q:そういえば、ほぼ笑顔がないですね。
そうなんです。でも、人って、例えば何かをしてもらったときには「ありがとうございます!」って笑って言うものですよね。なので不機嫌そうな表情に徹するのは苦しかったです。でも、スタッフからどんな無茶なオーダーが来ても「とりあえずやってみよう」とチャレンジするところは、葉子とまったく同じだと思います。アプローチの仕方は違うかもしれないですけど、やらないと終わらないし、やってみないとわからないという気持ちは同じかなと。
ウズベキスタンを一人でこっそり探検
Q:葉子は、一見弱々しい存在に思えるのですが、一人でバスを乗り継いでバザールに買い物に行ったり、意外に肝が据わっているところもありますね。
実は……わたしも現地でこっそり一人で出かけていました(笑)。スタッフに言うと「誰かについてきてもらった方がいい」と言われると思ったので、申し訳ないと思いつつ勝手に出かけちゃいました(笑)。スーパーに行くのが好きなんです。お刺身が好きで、日本でも撮影などで行ったことのない土地に行くと、とりあえずスーパーを探して、現地のお刺身を物色します。ウズベキスタンでも探したんですけど、オイル漬けみたいなものしかなくて。代わりに、野菜を買っていました。海外って量り売りの野菜がたくさん売られているんですよね。で、そんなふうにブラブラしていたら、隣に染谷(将太)さんがいたりして!
Q:葉子を取り巻くテレビクルーの面々はカメラマン・岩尾役の加瀬亮さん、ディレクター・吉岡役の染谷将太さん、AD・佐々木役の柄本時生さん。皆さん、ウズベキスタンでは自由に過ごしていらっしゃったようですね。
それぞれ一人で行動をしていました(笑)。タイプは違うんですが、みんなマイペースで。
絶叫マシンに計4回!
Q:楽しいことばかりではなく中にはつらいシーンもあったと思うのですが、特に遊園地で絶叫マシンの体験リポートをするシーン。少なくとも劇中で3回乗っていますよね。
本番は3回だったんですけど、わたしがその前に「試しに乗ってみたい」って言っちゃったんです……。助監督さんたちがテストで乗ろうとされていたので「一回乗って確認してみたいです」と。見た目からしてかなり怖そうでしたけど一回乗れば慣れるかなと思って……。でも、いざ乗ってみたら頭がぶっ飛ぶような衝撃が走って、最初の一回でむち打ちみたいな状態になって。最後の撮影でスタッフさんから「首に力を入れて乗ると少しラクだよ」とアドバイスいただいたのですが「もっと早く言ってくれたらよかったのに!」と心の中で叫びました(笑)。
Q:よく3回も耐えましたね。あのシーンは、本当に素の表情のように見えます。
いろんな意味でギリギリの状態でした。あの衝撃は一体何だったんだろうと、今でも鮮烈に覚えています。本編の中で「もう一回」って言われたときは葉子と同じく「終わった……」と思いました。でも、もしわたしが「できない」と言ってほかの乗り物になったとしたら、監督を悲しませてしまうので。
Q:結局乗ったのは加瀬さんと前田さんだけだったとか。
二人(染谷、柄本)は「死んでもイヤだ」と言っていました(笑)。ズルい!
考える余裕がまったくなかった「愛の讃歌」
Q:もう一つ、課題になったのが「愛の讃歌」の歌唱シーンです。ザーミンに近い標高2,443メートルの山頂で撮影されたそうですが、やはりAKB48として歌っていたときの感じとはまったく違ったでしょうか。
違いました。しかもアカペラなんてやったことないですし! 実際には、音楽の林祐介さんがカメラに映らない場所でピアノ演奏をしてくださって、イヤーモニターから聞こえてくるその音に合わせて歌っていました。ボイストレーナーの先生にも来ていただいて、贅沢な撮影をさせてもらったのですが、とにかく無我夢中という感じでした。
Q:何を考えて歌っていましたか?
何かを考える余裕はまったくありませんでした。「愛の讃歌」という歌の力がすごすぎて、むしろ余計なことは考えちゃだめだと。歌い出したら一瞬でそんなふうに感じました。歌に負けないように歌う、それで精いっぱいでしたね。
Q:完成した作品でシーンをあらためてご覧になった感想は? 出し切った感はありますか。
一発OKで終わっていたら腑に落ちなかったと思うんですけど、監督があのシーンでものすごく粘ってくださったんです。わたしが納得していないのもわかってくださったようで、一緒に戦ってくれた。このシーンは「やれるところまでやりました」と言い切れないと、説得力がなくなってしまう。だから「わたしの今の精いっぱいはこれです」と言えるぐらい、出し切ったと思います。
劇中、葉子はディレクターからの無茶ぶりが続き、現地の人々とのコミュニケーションもうまくいかず孤独を深め、部屋で恋人と連絡をとる時間だけがよりどころになる。一方、ウズベキスタンロケを満喫していた前田が、現在の夫とのテレビ電話は精神的な助けになったと言い、プライベートではくしくも葉子と同じ状況にあった。それから1年後、結婚、出産を経て状況が一変。「人って1年でこんなに人生が変わるものなんだ」と驚き、本作を「人生が変わるきっかけになった作品」と振り返っている。
(C) 2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO
映画『旅のおわり世界のはじまり』は6月14日より全国公開