『凪待ち』香取慎吾 単独インタビュー
一人で演じることにプレッシャーを感じていた
取材・文:磯部正和 写真:高野広美
野心的な作品を世に送り続けている白石和彌監督が最新作『凪待ち』でタッグを組んだのが香取慎吾だ。香取は「俺はどうしようもないろくでなしです」と独白し、強い憤りのなか、もがき苦しむ人間臭い男を演じた。香取にとって“新境地”とも言える役柄だが、本人はそこまでの自覚はないという。「新しい地図」としてスタートして以来、精力的に“表現”に挑む香取が作品に込めた思いなどを語った。
稲垣吾郎から直接電話で映画を絶賛された
Q:6月5日に完成披露試写会が行われ、作品を観た人から多くの反響があったと思いますが。
SNSなどで送っていただいた感想はちゃんと読んでいます。完成報告会見のときに言ったのですが、自分としてはあまり“これまでと違う”という部分は意識していなかったけれど「こんな香取慎吾見たことない」という感想を送ってくれる人が想像以上に多かったですね。
Q:作品のポスターなどは、本当に香取さん? と思うぐらいの表情でした。
確かにポスターが公開されたとき、ファンの方々のツイッターとかでも「見たことがない顔です」みたいな感想が多かったです。でも普段、家にいて鏡を覗いたときの顔なんですけれどね(笑)。
Q:稲垣吾郎さんはご覧になったとお聞きしました。
珍しく電話をくれましたね(笑)。普段はほとんど電話で話さないので「なにか起きたのか!」と心配しましたが、珍しくすごく絶賛してくれて「興奮冷めやらないから電話した」って言っていました。単純にうれしくてありがたかったです。
この人、本当に白石監督?
Q:白石監督との初タッグでしたが、オファーを受けたときは、どんな心境だったのでしょうか?
『日本で一番悪い奴ら』という映画の宣伝で綾野剛さんが番組ゲストに来てくれたとき、白石監督の作品と出会ったのですが、今回の話をいただいたとき、さらに『凶悪』も観たんです。2作品とも度肝を抜かれるような映画で「ヤベーな」って思いました。
Q:実際に会ってみていかがでしたか?
白石監督と初めてお会いする日に『孤狼の血』も観たのですが、映画の内容からして、普通に怖い人だって思うじゃないですか(笑)。でも会った瞬間、笑顔で「本当にうれしいです。いつか香取さんとやりたかったんです」って言ってくださって……。そのときも「この人、本当に白石監督?」なんて疑いはあったのですが、すごく熱心に映画への愛を語っていらして、とても楽しい時間でした。
Q:臨まれるときはプレッシャーがあったと話されていました。
3人(香取、稲垣、草なぎ剛)で『クソ野郎と美しき世界』という映画をやらせてもらいましたが、あの作品は「なにか新しいものをやろう!」みたいな、どこかお祭りのような気分でした。映画でご一緒した人も、これまでのなじみの人も多かったんです。でも今回、いざ一人で映画をやらせてもらうと冷静に考えたら、急激なプレッシャーがのしかかってきました。
Q:そのプレッシャーから解放されたのはいつですか?
現場に入り、白石監督が醸し出す雰囲気を見ていると「この人は本当に『凪待ち』という作品を愛しているんだな」と感じられたんです。それまでは、自分一人でプレッシャーを感じていましたが、これは白石監督の『凪待ち』なんだなと思えるようになると、自然に肩の力は抜けました。
生きていれば高ぶって暴れたくなってしまうこともある
Q:ものすごく人間臭い役柄でしたが、どんなことを意識して作品に臨んだのでしょうか?
特になにかを準備しようということはなかったです。結構暴れるシーンなども多く「激しくやっていたね」みたいなことを言われますが、人生のなかで、気持ちが高ぶって暴れたくなる衝動に駆られることだって普通にありますからね。もちろんお芝居ではあるのですが、そういった部分を引き出してくれたのが、白石監督だと思います。
Q:郁男は演じていて苦しかったのではないですか?
苦しい場面はたくさんありましたね。特に(西田尚美演じる恋人の)亜弓との車のシーンは、いま思い出しても嫌な気持ちになります。生きていると「なんであのとき、あんなに怒ってしまったんだろう」と思う瞬間ってある。僕が演じた郁男は、素直じゃない部分があるので、時には思いとは裏腹な行動をとってしまう。そこが彼の弱さでもあると思うんです。
Q:その苦しさが、お芝居の楽しさでもありますか?
そうですね。僕は恋愛ドラマをやっていたら、3か月間は、相手の女優さんのことが大好きになります。つらい内容の作品では期間中、とても落ち込みます。普通なら厳しい展開のなかでも、どこかに光が差し込むものなのですが、この映画の場合はなかなかない(笑)。まあ、それがこの映画のしびれるところで、いい作品だなと思えるところなんですけれどね。
優秀なクリエイターと一緒に遊び続けたい
Q:新しい道に進んでから、さまざまな表現を試みていますが、ご自身で映画を撮ってみたいという思いはないですか?
20代のころは、映画を作ってみたいという思いは強くありました。でもいま考えると、そのときはまだ時期じゃなかったんでしょうね。
Q:年を重ねて思いが変わっていったのでしょうか?
コンサートの演出とかをさせてもらうようになったとき、周囲の人たちと一緒に映像を作る機会も増えてきたんですよね。その演出のなかで、スクリーンをぶち破って、実際に人間が登場し、それを5万人が見るという経験をしたとき、少し気持ちが変わってきました。どんなに突き詰めても、映画館のスクリーンを破って、主人公が登場することはないじゃないですか。そこで少し気持ちが落ち着いていきました。
Q:いまはまったく興味がないのですか?
そういうわけではないです。でも先日までやらせていただいていた個展で、10分ぐらいの映像を(映像ディレクターの)児玉裕一さんに撮っていただいたのですが、そのとき「こうしたい、ああしたい」って好き勝手言っていたのは、ものすごく楽しかった(笑)。いまは優秀なクリエイターの方と一緒に楽しいことをしたいという感じです。
本作の完成披露試写会の場で「白石組」常連への意欲を語った香取。それだけ充実した撮影だったことは作品を観れば想像できるが、香取は自身の奥深くにある感情を引き出してくれる人との出会いに「興奮する」というのだ。一方で「まだまだ僕のことわかってないな」と思うこともあるとうれしそうに笑う。自分では気がつかない自分を見つけ出してくれる存在が、香取の周囲にはたくさんいるのだろう。今後、さまざまなジャンルで、さまざまな香取の表現が楽しめそうだが、映画というメディアでも、それが存分に発揮されることを願ってやまない。
映画『凪待ち』は全国公開中