『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』市村正親 単独インタビュー
声優も俳優も、大事なことは同じ
取材・文:坂田正樹 写真:高野広美
幻のポケモン、ミュウの遺伝子から生み出され、最強兵器として実験を繰り返されてきたミュウツー。だが、次第に自分を生み出した人間のエゴに対する憎悪が増し、逆襲を決意する……。1998年公開のポケモン映画シリーズの記念すべき第1作『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』をフル3DCG映像で新しく描いた『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』。21年ぶりにミュウツーの声を再び務めた俳優の市村正親が「まるでシェイクスピア劇に出てくる役のようだ」と評した、その圧倒的なキャラクターについて熱く語った。
再びミュウツーを演じられる喜び
Q:実に21年ぶりにミュウツーを演じられますが、オファーが来た瞬間はどんな思いでしたか?
以前、僕がミュウツーの声をやっていたことを知らなかった若い役者たちが、そのことを知った途端に目の色が変わったのを目の当たりにしたことがあって。そのとき、こんなにもミュウツーが今の30代前後の人たちに影響を与えていたんだということを初めて知りました。ですから今回のお話をいただいたときは、すごく嬉しかったですね。もう一度ミュウツーを演じられる喜びとともに、不思議な巡り合わせを感じました。
Q:それだけインパクトのある声と存在感でした。
何よりも、この役がずっとみなさんの心の中に生き続けていたこと、そしてミュウツーの熱烈なファンでいてくれたこと、これはすごいことだと思います。これまでさまざまなキャラクターの声をやらせていただきましたが、特にミュウツーは、僕にとってかけがえのない役であったことを改めて実感することができました。だからこそ、今回も僕に任せていただいたことに心から感謝しています。
Q:前作のことを思い出したりはしましたか?
21年前、スタジオで試行錯誤していたことをしっかり覚えています。水槽の中にいるミュウツーが目を開けて「ここはどこだ」「わたしは誰だ」と最初に発するセリフがありますが、自分がつくられたものであることをわかっていないミュウツーの心情に声をあてたときの気持ちが蘇りました。
蜷川幸雄がさらに“ミュウツー化”させた?
Q:今ではミュウツーといえば、市村さんの声以外は想像できません。
21年前は、声がない状態からミュウツーに立ち向かっていかなければいけなかったわけです。だから作られた絵に対して、自分の声を通じて気持ちを投影していきました。そこがミュウツーの原点だと思うんです。そして、命を吹き込まれたミュウツーがスクリーンに登場し、人々の心に浸透していった。そうやって夢中で演じているうちに、僕はミュウツーの“魂”を持ったんだと思います。
Q:今回は21年ぶりに同じくミュウツーに声を吹き込むとあって、難しさは感じませんでしたか?
前回は絵に合わせて声を入れましたが、今回は僕の声を先に録って、後からミュウツーの動きを作っていくプレスコの方式でした。ただ、そうした技術的なこと以上に、声に関しては、すでにミュウツーの“魂”を持っている僕が演じるわけなので、難しいことを考えずに監督の指示通りやっていけばいいんだという感じでしたね。
Q:近くで声を聞いていたミュウ役の山寺宏一さんは「演劇を観ているようで鳥肌が立った」とおっしゃっていました。
嬉しいですね。それこそミュウツーは、僕がやっているシェイクスピア劇に出てくる一つの役といってもよいくらいの重みはありますからね。
Q:ミュウツーを演じるうえで、ご自身の経験にあったシェイクスピア劇に影響を受けたところもあるのでしょうか?
21年前、僕は49歳で、舞台演出家の蜷川幸雄さんとは出会っていなかったときなんです。50歳をすぎて「リチャード三世」「ハムレット」、そして最後に「NINAGAWA・マクベス」に出させていただいた経験は大きいと思います。やはり蜷川さんの作品はすごく重厚感があるので、いうなれば、その経験が僕をさらに“ミュウツー化”させたと言えるかもしれません(笑)。それに加えて、21年間で画家からサイコパス、化け物まで、たくさんの役をやらせていただいた。それらすべてが今回のミュウツーの糧にはなっていると思います。芝居の神様がミュウツーを演じるために、僕にいろんな試練を与えてくれたんじゃないでしょうか。
腕と心とイマジネーションが大事
Q:本作の中で、気持ちが一番入ったセリフは何でしょう?
やはり最初の「ここはどこだ」「わたしは誰だ」でしょうね。水槽の中のシーンが一番印象に残るところです。あの一声でミュウツーファンが「おお!」となるわけですからね。やはり抑えた声が合う。しかも単なる良い声なだけじゃ駄目で、僕のできる限りのイマジネーションを注ぎ込んでいるんです。あのセリフは忘れられないですね。
Q:声だけで表現する声優の難しさはどんなところでしょう?
僕にとっては、声優も俳優も大事なことは同じ。例えば、僕が役者として参加した「ミス・サイゴン」や「屋根の上のヴァイオリン弾き」のような舞台も同じで、ミュウツーも役として生きようと思って演じているのです。
Q:今回のミュウツーは、生まれてきたことへの葛藤を声だけで表現しているところが素晴らしかったです。
僕が大事だと思うのは、腕と心とイマジネーションが三位一体であることですね。頭でわかっていても技術がないとならないし、魂も必要。そして技術があってもイマジネーションがなければ何も出すことはできない。その3つがしっくり合ったときに、声が自然と出てくるものだと思います。たまたま僕はミュウツーと出会ったわけですが、もしも僕じゃなかったら、違った色のミュウツーになっていたかもしれませんね。
長男と次男、僕の男3人で観に行きたい!
Q:本作で描かれるテーマは非常に深遠ですが、市村さん自身はどのようなメッセージを受け取りましたか?
観た方々がそれぞれの視点で、それぞれの形で受け取ってほしいというのが僕の願いです。ただ一つ言えることは、良いことをなすのも人間であり、悪いことを犯すのも人間だということです。悪の部分で言えば、地球をどんどんダメなところにしている、という現実があります。そういったことを考えさせるものが、この映画の中にはあると思いますね。
Q:改めて市村さんにとって、ミュウツーとはどういう存在なのでしょう?
今回、21年ぶりに「わたしは誰だ」というセリフを発しました。この言葉を自分に置き換えると、今ならある程度は「自分はこういう人間だ」と答えられると思います。ただ、ここで終わりじゃない。残りの人生で「まだ何かやれる」というものを見つけていかなければと思っています。それはもしかすると、自分の仕事かもしれないし、子どもの成長を見守ることかもしれない。まだまだ、いろんな経験をして、いろんなことを見極めていきたい、そんな思いをミュウツーから受け取っているかもしれませんね。
Q:ちなみに、本作をお子さんと一緒に観る計画は?
長男と次男、そして僕の男3人で観に行く予定です。反応が楽しみですね。ミュウツーの大きなぬいぐるみが家にあるんですが、この声をやったことを教えたら「ええ! パパ、ミュウツーなの!」って驚いていましたから。僕も「わたしは誰だ。パパだー!」なんて言ったりしてね(笑)。
劇団四季の看板俳優を務め、故・蜷川幸雄のシェイクスピア劇では鬼気迫る演技でファンを魅了。映画、テレビでも多彩な役に果敢に挑戦してきた名優・市村正親。こうした経験の数々が、新たにミュウツーを演じるための「芝居の神様が与えてくれた試練」と言う。どんな役にも命を注ぎ込み、その役の“魂”を掴むことが彼の俳優としての真骨頂。そんな市村が声を吹き込んだミュウツーの姿に、俳優・市村正親の生きざまが詰まった名演を感じることができるはずだ。
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映画『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』は7月12日より全国公開