『アイネクライネナハトムジーク』三浦春馬 単独インタビュー
誰にだって大事なタイミングを逃すことはある
取材・文:浅見祥子 写真:映美
ベストセラー作家の伊坂幸太郎とシンガー・ソングライターの斉藤和義。二人の出会いから生まれた6編からなる連作小説集を、『愛がなんだ』の今泉力哉監督が映画化。主人公は劇的な出会いを待つごくフツーの会社員、佐藤。美人妻と幸福な家庭を築く同級生や上司らに出会いについて相談していたある日、紗季と出会う……。予想外のつながりがやがて深い幸福感へつながる、10年に渡る物語。佐藤役の三浦春馬が撮影を振り返った。
円滑だった、今泉監督とのコミュニケーション
Q:映画『アイネクライネナハトムジーク』の企画を聞いた感想は?
じつは原作が伊坂さんの作品に出演させていただくのは2回目なんです。以前は15歳くらいのときに、『CHiLDREN チルドレン』という映画で。また伊坂さんの作品に自分が真ん中のポジションで仕事をさせていただける、純粋なうれしさが大きかったですね。
Q:佐藤はごく平凡な会社員ですよね。今泉監督の考える佐藤との間に、ギャップはありませんでしたか?
この企画をいただいてから原作を読んだのですが、佐藤というキャラクターは苗字しか出てきません。原田泰造さん演じる佐藤の上司、藤間もそう。伊坂さんも読者も、そして劇場へ足を運ぶ方々も、佐藤と藤間に対しては普遍的ななにかを感じて共感を持ってくださるのかなと。隣を見ればもしかしたら佐藤がいるんじゃないか? 職場にこういう人がいる! という共感を持ってもらえなければ、作品自体が失敗に終わってしまうだろうと思っていました。それで衣装合わせのとき監督に、「そんな共通認識で、まずはいいですか?」とご相談させていただくと、「うん、ホッとしました」と言っていただいて。そんなファーストコンタクトでしたが、監督とのコミュニケーションはとても円滑にいったんじゃないかと思います。
さすが伊坂さん、と思わせる秀逸な構造
Q:佐藤は恋愛に関して、かなりダメダメにも思えますが?
どうなんでしょう? 僕自身、10年もつき合ったことがないので、なかなか的確なことは言えそうもないですけど。でも大事なことを相手に伝えるタイミングを逃すことって、きっと誰にでもあると思うんですよね。自分の気持ちや彼女のことをいちばんに思うにもかかわらず、いざそのときがくると協調性のようなものを大切にして周りに遠慮してしまったりして。そうした佐藤の煮え切らない態度がクローズアップされるからこそ憎めないですよね。普段生活していても、穏便にその場を済ませたいとか、争いたくないという自然な防衛本能でどっちつかずの行動をしてしまうことってありますよね。
Q:今回の映画でいうと?
矢本悠馬君演じる佐藤の同級生、織田一真や恒松(祐里)が演じるその娘はキャラクターが突出して濃く、芯が一本通っていて自分の意見をしっかり伝えることができます。でも登場人物は、それぞれ自分の悩みがあってセンシティブな部分を持ち合わせている。そうしたところが連鎖し、興味深い展開が待っています。この構造はさすが伊坂さんで、秀逸だなと。演じていても自然とそのシチュエーションが入ってきて、感心しながら演技していました。
日々の中で、すでに出会いはあるのかも
Q:一真は「出会いがないと言うヤツがいちばん嫌いなんだ」と言います。ご自身にとって、理想の出会いとは?
日々の中で、既に出会いってあるのかも。仕事で見ず知らずの方と会っているわけですけど、時間もないし、深く知ることはできません。言い訳がましく聞こえるかもしれませんけど。でももし内面を見つめたら、こんな趣味があって、こういう価値観を持っているのか! と心惹かれることは多々あるのかも。まあ……ある種の願望かもしれませんが。出会いをつくる、そういう社交的な場に行くことも考えられますけど、もっと身近にそうしたチャンスはあって、率先して動けば見つけられるんじゃないかと思います。
Q:一真の妻である由美が、「お父さんがいてお母さんがいて、二人の子どもがいて。この組み合わせが結構好きなの」という意味のことを言いますよね。あの家族観をどう思います?
純粋に好きです。僕は原作を読んで初めてこの感覚に出会ったんですよね。きっと劇場に足を運んでくださるお客様の今現在の家庭環境というのはさまざまでしょうが、自分の家族観やその温度感を説明するのって難しいですよね。でもこの表現って、そうした感覚にとてもフィットする気がします。照れ臭いかもしれないけど、この映画を観て、真似していただけると映画自体も僕らもうれしいなと。
完成した映画は、想像を超える出来栄え
Q:映画の後半、多部未華子さん演じる紗季が帰宅した佐藤に「おかえり」と言います。そこから始まるやりとりは台本にはなく、リハーサルで生まれたそうですね?
確か、なかなかカットがかからなかったんです。それで監督が言うには、多部さんから「おかえり」と。僕も続けなくちゃいけないから「ただいま」と言って。自然な流れで出来たシーンではありました。確かにセリフは、最初の2行だけで終わっていたんですけど。
Q:今泉監督は俳優さんから出てくる芝居を否定せず、どんどん採用するとか?
監督が先日「監督にも2種類ある。頭の中に完全なビジョンがあってそれに忠実に切り取る人と、そうでない人。僕は後者」とおっしゃって。俳優の芝居をまず見てみて、どこかキマらないときには「どうします?」と尋ねつつ自分の意見をキチンと言うと。確かに現場でも高圧的ではまったくなく、監督自身も迷いながら、一つの作品をみんなでつくるという意識を強く持っている方でした。僕自身、監督の投げかける言葉に対して穏やかに考えることができたし、感じることができたんじゃないかと思います。
Q:出来た映画を観た感想は?
確かに完成を楽しみにはしていたんです、でも想像を超える出来栄えでした。登場人物が生きているゆったりとした時間の流れを追いながら、どこかお湯につかっているような感覚で。うらやましいなとか、こういうのわかるな……と思いながら時間がゆったりと流れていく、そんな映画だなと。ダイナミックなものではありませんが、起承転結に沿った感情の波をしっかりと見て取れる。それでいて朗らかな気持ちになって、スッと笑える箇所もちりばめられています。自分が出た映画を観ながらこんなにも上映中に微笑んだことはなかったなと。熱を持って、多くの人にお薦めしたい映画になって本当によかったです。
三浦春馬が『アイネクライネナハトムジーク』で、どこか冴えないごくフツーの会社員を演じること自体が新鮮に思える。共演経験のある多部未華子らと阿吽の呼吸を思わせる芝居を見せたり、ナチュラルにコミカルな間合いで笑いを呼んだり。演技者としての進化も垣間見られる。そんな三浦も来年30歳。だから当たり前なのだろうが、そのゆったりとした構えやどんな質問にも率直にキチンとした回答をする姿は大人の男そのもの。静かな余裕さえ感じさせた。
映画『アイネクライネナハトムジーク』は9月20日より全国公開(宮城県先行公開中)