『宮本から君へ』池松壮亮 単独インタビュー
平成に決着をつけようと挑んだ
取材・文:成田おり枝 写真:日吉永遠
新井英樹による伝説的コミックを真利子哲也監督が映画化した『宮本から君へ』。池松壮亮が全身全霊をかけて主人公の宮本役に挑み、観る者を圧倒する青春映画を完成させた。熱血営業マンの宮本と恋人の靖子が“究極の愛の試練”にぶち当たる姿を描く本作。「宮本は僕にとってどの歴史上の人物よりも星であり、ヒーローでした」というほど憧れの存在であるキャラクターに、池松はどのように立ち向かったのか。靖子役の女優・蒼井優に感じている“特別な思い”までを語った。
全てを捧げる気持ちで臨んだ
Q:2018年に放送されたドラマ版も第56回ギャラクシー賞テレビ部門「奨励賞」を受賞するなど大きな話題を呼びました。映画版では宮本と靖子が過酷な運命に立ち向かうことになりますが、どのような意気込みで臨まれましたか?
全てを捧げる気持ちで臨みました。映像化にあたって、狙わずして(ドラマ版と映画で)平成から令和へと時代をまたぐことになりましたが、真利子監督をはじめ、僕らみんなが平成に決着をつけるというか、それぞれの人生に一度、決着のようなものをつけようとしていた気がします。
Q:宮本を演じるにあたって、原作とはどのように向き合われていましたか?
原作をお借りして映画を発表するということが日本映画の主流になっていますが、僕はこれまで、原作を尊敬しながらも、それに引っ張られてはいけないというやり方をしてきました。でも今回は、お守りのように原作を持ち歩いていました。これほどまでに、原作やキャラクターを意識したことはなかったように思います。それは恐らく、原作を超えられないのではないかと感じていたからかもしれません。
ぐちゃぐちゃな顔で熱演!
Q:立ちはだかる壁に果敢に挑んでいく姿は、宮本の姿とも重なります。
今でも原作を超えたなんて口が裂けても言えないですが、超えようとする意志がない中で映像化をすることのほうがもっとひどい話ですから。もちろん原作に対するプレッシャーは、監督をはじめ僕らみんながものすごく感じていました。「宮本という男の映画を作っているのに、俺たちがこんなところで納得していいのか?」と立ち向かっていたように思います。とんでもない原作をお預かりして、今を生きる誰かにきちんと手渡したいと思っていました。
Q:汗や涙、鼻水も流し、顔をぐちゃぐちゃにして熱演されていました。穏やかな池松さんのどこからそんなエネルギーが出てくるのかと驚きます。
誤解を恐れずに言うと、これまでに僕がやってきたこととそれほど変わりはなくて。ボリュームをフルに出すかどうかという、レベルの違いといいますか。例えば狙って顔をぐちゃぐちゃにしたとしたら、観客の方にもすぐにバレると思うんです。だからある程度は準備して、あとは祈りを捧げるようにして、ヨーイドン! でボリュームをフルにひねる。すると、口から汁が出ちゃったり、期せずして「やったね!」と思うような熱量が現れる瞬間があって。宮本を演じる上では、そういうところを目指さなければいけないと思っていました。ピエール瀧さん演じる真淵と向き合うシーンで、カットがかかった瞬間に周囲がゲラゲラ笑ったときがあったんです。「こっちは真剣にやっているのに、なんなんだ?」と思って。すると、全く気づかなかったんですが、僕の呼吸に合わせて鼻水がずっと出たり入ったりしていたんですね(笑)。そりゃあ、笑いますよね。
蒼井優は日本映画界の宝物
Q:靖子役の蒼井優さんの演技にも圧倒されました。
僕は、蒼井さん以外に靖子を演じられる人はいないと思っていました。誰に対してもフラットで、正義感が強くて、自分に厳しくて、ちょっと単細胞的で。僕から見ると、蒼井さんは靖子そのものなんです。蒼井さんとは同郷で、僕が11歳のときに出会っていて、12歳のときに出演した映画でも主演とヒロインという関係でした。それからも同じ作品に出演していることが、3、4年に1回は必ずあって。なんだかよく会う近所のお姉さんという感じで、勝手にシンパシーを抱いていました。昨年も『斬、』という映画でご一緒して、人生の試練なのではないかと思うような作品で立て続けに共演させていただきました。それは本当に感動的なことで、本作の撮影においても蒼井さんがいてくれたことで、ものすごく救われたような気がしています。
Q:まるで戦友のようですね。蒼井さんとのシーンで印象的な場面を教えてください。
お互いに容赦がないですからね。普通に考えたら女優さんの顔にご飯粒とか吹きかけるなんて、絶対にやっちゃダメですから(笑)。靖子の表情全てが、今でも残像として僕の心に残っています。印象的なシーンはどこかといわれれば、「選べない」としかお答えできません。「映画は、人生のハイライトを2時間に収めること」といわれることもありますが、本作はまさにそういう映画。宮本と靖子のハイライトが詰まっているので、一番いいシーンを全て選んだ結果が、あの完成作だと思っています。僕は蒼井さんを日本映画界の宝物のような方だと思っています。そういう方と続けてご一緒できて、本当に幸せです。
8階でワイヤーアクション!
Q:原作の衝撃シーンとしても名高い、非常階段での決闘も再現されています。マンションの8階の高さで、体の大きな一ノ瀬ワタルさんと対決することになりました。
実際に8階の高さで、ワイヤーをつけて演じています。一ノ瀬さんは2か月で33キロも体重を増やしたそうです。お芝居もそうですが、役柄にかける思いもすばらしかったですね。彼はもともと格闘家なので、ものすごく体幹がしっかりしているんです。アクションもうまくて、安心してぶつかっていくことができました。一ノ瀬さんのビンタは、僕が今まで受けたもので一番痛かったですけれど(笑)。
Q:あのビンタは本気で痛そうでした。
今回、“痛み”というのは僕の中でひとつのキーワードになっていました。肉体的な痛み、心の中の痛みというものは、生きていれば必ず伴うもの。避けては通れないものです。でも今の社会では、自分の痛み、他者の痛みに対して目を背けたり、鈍感になってしまっているようにも感じるんです。だからこそ、宮本が世の痛みを背負いこむことが必要だとも思った。映画には痛みがしっかりと映りますから、そこに関しては真剣に取り組みました。本作が、令和という新しい時代を生きる人へのラブレターやプレゼントのようなものになったらうれしいです。
ポケットに入るほどの持ち物だけでインタビュー現場に現れ、ユーモアを交えながら、静かに宮本について語り出した池松壮亮。彼の穏やかな微笑みを見ていると、大声で叫びまくる宮本とはかけ離れた人にも思えるが、胸の中には映画作りへの驚くほどの情熱とエネルギーを秘めている。映画にできることを信じ、映画に愛された男。池松は「蒼井優さんは日本映画界の宝物」と話したが、彼が日本映画界にいることもなんとも頼もしいことに感じた。
(C)2019「宮本から君へ」製作委員会
映画『宮本から君へ』は9月27日より全国公開