『喝風太郎!!』市原隼人 単独インタビュー
周りの人々はみな師匠
取材・文:前田かおり 写真:高野広美
ボロボロの袈裟に身を包んだ無精ひげの僧侶・風太郎が世の中の悩める人々に喝を食らわす……。「サラリーマン金太郎」や「俺の空」などで知られる本宮ひろ志の人気漫画をもとにした映画で主演を務めた市原隼人。ドラマ、映画で大ヒットした『ROOKIES』シリーズの高校球児に始まって、ストイックで真っ直ぐなキャラクターを演じてきた市原が、大酒飲みで女好き、自由気ままで浮世離れしている主人公という役にどう取り組んだのか。作品にかけた思いを熱く語った。
髪とひげが風太郎に切り替わるスイッチ
Q:熱狂的なファンも多い本宮ひろ志さんの漫画が原作です。人気キャラクター役をオファーされた時の感想を教えてください。
多くの方に愛されている漫画なので、作品に関わる全ての人に敬意を払って取り組まなければいけないと身の引き締まる思いでした。風太郎のトレードマークであるモジャモジャッとした髪と無精ひげに袈裟などの扮装は原作からしっかりといただいて。でも映画化にあたって、あまりにオーバーすぎると現実味がなくなってしまうので、地に足の着いた作品を作っていこうと監督とも話しました。
Q:僧侶役というと、市原さんは大河ドラマ「おんな城主 直虎」でも演じられていますが、今回の風太郎は大酒飲みで女好き、とにかく型破りでぶっ飛んでいますよね。役づくりの上で意識されたことは?
同じ僧侶でも大河で演じた時はキリッとしていて真面目で頭も丸めていましたからね(笑)。今回はまず役づくりの上で、髪とひげを付けたことが風太郎に切り替わるスイッチになりました。意識したことは、風太郎の人間臭い部分です。風太郎がどんな気持ちで動いているのか、仏法というものをどう捉えているのかと考えました。そもそも風太郎は赤ん坊の時に山寺に棄てられ、大僧正に拾われて寺で育っているんです。だから、仏法が自然と身にしみつき、自分の心の拠り所になっている。型破りだけれど、実は風太郎は孤独で悲しい男で、自分と同じような境遇の人間を増やしたくないという思いがある。そんな哀愁や陰の部分が見えてくると、風太郎の一挙一動から目をそらせなくなるんじゃないかと思いました。
悩める人の心の拠り所に
Q:僧侶として数々の説法をする姿がキマっていて、本当にありがたい言葉を聞いているような気持ちになりました。
まず般若心経を覚えて、写経をして、実際にお寺の住職さんから所作も学びました。仏法には概念をどんどん取り外していって物事の本質を見るということがあるのですが、住職さんに改めてお話を聞いたり、撮影現場にも僧侶の方に来ていただき、物事の真理をつくために作品全体の監修もしていただいています。
Q:そんな風太郎と出会ったことで救われる人々はブラック企業に勤める中年男性に、ネット依存症の女性、怪しげな詐欺師など現実にもいそうな人たちでしたね。
はい。ネット依存などまさに今の日本が抱える問題をモチーフにして、社会派ドラマにもなっている。僕はそこに、非常に興味を持ちました。そして、風太郎は出会った人々に仏の教えを押し付けるわけではなく、風太郎の一見、突き抜けた生き方を通して、自分自身に欠けているものや物事の本質に気づかされていく。その過程が僕はとても好きで。本当に全ての悩める方たちにとって心の拠り所になる内容にもなっているんです。だからといって、肩に力を入れて観る作品でなく、気軽に楽しめるところがいいなと思います。
主演として目指すのは全員が挑戦できる場
Q:藤田富さんや工藤綾乃さんら若い方たちとの共演はいかがでしたか?
藤田さんは、撮影現場でずっとどう演じようかと、周りの目も気にせず、声を出しながら役に向き合っていました。彼が演じる健司は親がいない風太郎と似た境遇なので、風太郎自身、健司にシンパシーを感じるのですが、そんな役どころを懸命に作り上げようとしている真面目さに心打たれるものがありました。工藤さんは自然体で現場にいて、本当に構えることがないので場の空気も和みました。
Q:主演という立場で、撮影現場を引っ張らなくてはいけないというプレッシャーは感じていましたか?
主演だからといって引っ張らなくては、という意識はないんです。むしろ、自分が主演を務めるなら、全ての方が意見を言うことができて、挑戦できる場ができたらいいなと思っています。僕も何かを押し付けたり押し付けられたりするのは好きじゃないので、自然と自分の中から湧き出るものを持って、それぞれが戦う場所であってほしい。純粋に、作品に関わるみんなにとって楽しい現場であればいいと思うだけです。
Q:何だか風太郎に似ていますね。
確かに自分でも似ているところがあると思います。僕は芝居しかやったことがなくて、そこに自分の存在意義とか居場所を見出そうとするんですけど、風太郎も仏法の道が自分の居場所で、存在意義を見出せる唯一の場所。だから、すごく共感できます。
Q:市原さん自身は自分が悩んだり迷ったりした時、風太郎のように導いてくれる人に出会ったことはありますか?
それはもう毎日です。ちょっと大げさかもしれないけれど、自分の周りの人々はみな師匠だと思っているんです。気づかされることが本当にたくさんある。役者というのはお金を稼ぐことが目的じゃない、現場で芝居をすることだけが目的じゃない。いつも応援してくださる方がいるからこそ、その奥にいるお客さまに感動や情熱を届けることが一番の目的ということを忘れずにいることができる。自分を評価してくれる方がいるからこそ、自分がどんな人間であるかを認識できると思っています。
全力で取り組むしかない
Q:骨太な人間ドラマを描いた映画『空母いぶき』、異色の時代劇『3人の信長』、そして本作。また今秋はドラマ「おいしい給食」があるなど、近年とくに多彩なジャンルに出演されていますが、作品を選ぶポイントはありますか?
単純にご縁もありますが、正直に言うと、20代に演じるべきだったのに避けたものや、逃したところもある気がして、30代になって挑戦してみるのもいいんじゃないかなと思ったんです。だから例えば、一見悲劇的なんだけど、俯瞰して見たら喜劇的に見えるような役どころとか面白いと思うんです。今回の大酒飲みで女好きの僧侶なんて、チャレンジングで本当に楽しかったです(笑)。今後は、ちょっと狂気じみたような、人に見せてはならない姿を全部見せる、感情の起伏の激しい芝居もやってみたいです。あとはアクションもやりたい。そのために、しっかりと日頃から鍛えています。役者は体力勝負ですから(笑)。
Q:40代、50代になった時、こんな役者になっていたいという目標はありますか?
目標とは違うかもしれませんが、僕は人生の半分以上を役者業に注いできました。それを支えてくれている方に何を提供できるか、どうやったら楽しんでもらえるかが、僕のモチベーションにもつながっているんです。それはこの先もずっと変わらないものなので、大事に持っていたいです。すごくエネルギーも必要で、そのためには何かを犠牲にしなくてはいけないとも言われるんですけど、僕はつかんだものを手放したくないので全力で取り組むしかないんです。
終始、穏やかな表情ながら、熟考して答える市原。その様子はまるでスクリーンで演じた風太郎が乗り移ったかのようでもあり、常に役と真摯に向き合う彼の人柄が透けて見えるようでもあった。現在32歳。「真っ直ぐな生き方を貫こうとすると難しいことも多いけれど、本気で泣けて本気で笑えて、本気で悔しがれる人生を役者として大事にしたい」と語る彼に、熱く、沸々とわき上がるエネルギーを感じた。
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映画『喝風太郎!!』は11月1日より全国公開