『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』のん 単独インタビュー
今、心の扉は開けっ放し
取材・文:坂田正樹 写真:高野広美
2016年、こうの史代の原作をアニメ化し大ヒットした『この世界の片隅に』が、250カットを超える新規カットを追加し、新作として公開される。主人公・すずの声を担当するのはもちろん女優で“創作あーちすと”ののん。広島県・呉の北條家に嫁いだすずが、夫の周作(細谷佳正)、遊郭で働くリン(岩井七世)らと触れ合いながら、心の奥底に潜むさまざまな思いを紡いでいく。再びすずの声を担ったのんが、さらに深みを増した本作への思いと共に、3年間の心の成長と変化について振り返った。(※一部ネタバレを含みます)
片渕監督との信頼関係がもたらす安心感
Q:3年ぶりとなる本作の製作が決定したときの心境を教えてください。
3年前、前作が完成したときに、片渕(須直)監督が「少し付け足したい部分があるんだ」とおっしゃっていて、絵コンテもすでにあったので楽しみにしていたんですが、期間も空いてしまったし、お忙しそうだったので、正直「もうないのかな?」と思っていたんです。だから、やると聞いたときは、驚きと喜びの両方の気持ちがありましたね。
Q:また、すずさんに戻れるという喜びもあったのでしょうか。
一報を聞いたときは、ファンのみなさんと同じ感覚で「本当に作るんだ、やった!」みたいな感情でしたね。でも、冷静に考えたら「そうだ、自分が演じなきゃいけないんだ」ということに気づいて(笑)。いざ、脚本を開いてみると、難しいシーンばかりだし、これだけ期間を置いて、また同じ役に挑戦するのも初体験だったので「大丈夫かな……」とちょっと心配になりました。
Q:声の質も3年前と今では微妙に違うかもしれないですしね。
そうなんですよ。ちょうどこのお話が来たころ、初舞台を踏ませていただいて、毎日大きな声でセリフをしゃべる、ということをやっていて、お腹もしっかり鍛えられていたので、逆に「(必要以上に)しっかりした発声になってしまったらどうしよう……」なんて、余計な心配までしたりしてました(笑)。
Q:アフレコの初日はいかがでしたか? すぐに本作の世界観やすずさんの心情に入っていけましたか?
めちゃめちゃ緊張しましたが、片渕監督との信頼関係も築けていたし、前作がすでに出来上がっていて、演出の意図も理解できていたので、安心感はありましたね。事前に原作を読み返したり、前作を見返したりして、あらためてすずさんに心を通わせて、新しいシーンのことも考えながら現場に臨んだので、だんだん皮膚感覚がよみがえってきました。
難しさ増したすずさん役
Q:新たに追加されたシーンでは、周作さんとリンさんの過去に触れたすずさんの複雑な心情が描かれていますが、どのような気持ちで臨んだのでしょう。
周作さんとリンさんとの関係性を知ったとき、すずさんは周作さんに対して嫉妬したんじゃないかなと思ったんですね。自分の方がリンさんと仲良しだと思っていたのに、知らないところで周作さんと深い関係があった……。リンさんに周作さんを取られた、という気持ちは強くなくて、「わたしの友達なのに!」という感情もそこに上乗せされて。だから、周作さんに対しても、リンさんに対しても、どういうふうに感情を持っていけばいいのか、すごく戸惑っている感じですよね。シーンによって違う感情を表現しなければならなかったので、本当に難しかったです。
Q:より人間味を増したすずさんを演じてみて、難しい反面、表現する楽しさもあったのでは?
前作よりもすずさんの感情がよりストレートに出ているシーンがいっぱいあって、しかも複雑な感情のなかで悲しんだり、怒ったりしているので、やりがいはありました。どちらかというと、最初はこういった「負」の感情を隠す方向でいくのかな? と思って準備していたのですが、片渕監督は「もっとドスを効かせて」とか、「もっと誤魔化す気持ちを外に出して」とか、「感情を表にさらけ出す」という方向で演出されたので、いつもボーッとしているすずさんが、実は心のなかに強い思いを持っている、ということを表現できたと思います。
Q:「感情を表にさらけ出す」すずさんに共感する部分はありましたか?
すずさんは、お嫁に行って、家事が忙しくて好きな絵を描く時間が持てなくて、挙げ句の果てには右手を失くしてしまう。大好きな「絵」という表現を封じられてから、すずさんは感情がグッと表に出てくるんですよね……。その流れは、想像を絶するほど辛いこと。境遇がまるきし違うので、少しのかけらから広げていきました。
Q:「ありがとう。この世界の片隅に、うちを見つけてくれて」というすずさんの言葉が、余計身にしみますよね。
前作を観たときは、すずさんが周作さんにプロポーズしているみたいで、ロマンチックなシーンだなと思っていたんですが、今回の作品ではまたニュアンスが違いますよね。他のシーンで子供を産めなきゃ自分がここにいる意味はないとか、右手を失って何もできない自分はここにいるべきじゃないとか、すずさんの感情が浮き彫りになっているので、あのセリフは胸に迫るものがあります。「やっと自分の意思で居場所を決めたんだ」ということが強く感じられました。
バレエで猫背が少し治った
Q:本作が東京国際映画祭の特別招待作品ということで、レッドカーペットを歩かれましたが、のんさんがとてもきれいになったと話題になっていました。
(少し照れながら)ありがとうございます。あのときは、ヘアメイクさんに「ハッとするほどの強烈な美人にしてください!」ってお願いして(笑)、すごくキレイに仕上げていただきました。
Q:立ち姿も美しかったですよ。
あ、それはうれしいですね。もともと、ミュージカルをやりたかったのでバレエを4年間習っていたんですが、途中、ちょっと休んでいた時期があったので、今年からまた気合を入れ直してレッスンに通い始めたんです。もしかすると、その成果が出たかもしれませんね。猫背が少し治って、姿勢がよくなったかもしれません。
Q:なるほど、以前、お会いしたときよりスーッとして見えたのはそのせいかもしれません。
プライベートで市村正親さんの舞台「ラ・カージュ・オ・フォール」を観に行かせていただいたときに、知り合いを通じて楽屋にごあいさつに行ったんですが、「シャーリー・マクレーンに似ているよね」と言ってくださって、それがもう、うれしくて! 「あの市村さんが……」みたいな感じで、自信を持っちゃって(笑)。それから、すっかりその気になって、バレエを始めたという感じです。
自分の意思を人に伝える大切さ
Q:前作から3年、その間、いろいろ経験されて、内面的にもかなり変わったのではないでしょうか?
この3年間は、女優だけでなく、音楽をやったり、絵を描いたり、映画監督をやらせていただいたり、いろいろ挑戦させていただいたのですが、そうした環境のなかで、「自分の意思を人に伝える」ということが、いかに大切かということを痛感しました。今までは「作品を観て何を感じていただけるか」ということだけが重要だと思っていたんですが、そのためには、もっと自分の頭の中や感情をさらけ出していかないとダメだなと思うようになって。
Q:確かに以前よりも雄弁になりましたよね。
ちょっと前までは、こういうインタビューの場でも、何を言ったら正解なのか、何が正しくて、何をどう言えばいいのか、ずっと頭のなかで審査していたんですが、今は質問に対して、なるべく反射的に答えようと思っていて。あとは3年間、募る思いもたくさんあったので、しゃべりたいことがたくさん溜まっている、というのもありますし(笑)。脊髄反射で、言葉の審査をせずに口に出しているというか……「心の扉」を開けっ放しにして、風通しをよくしている状態ですね。全部さらけ出してみると、意外に面白いというか、「もっとうまくしゃべりたい」という欲も湧いてきていますね。
頭のなかを覗かれたり、自分の感情を引っ張り出されたり……。以前ののんなら、すぐに心の扉に鍵をかけて、危機回避の道を選んでいたはず。ところが今は、いつでもオープン・ザ・ハート、何を尋ねても、よどみなく自身の考えや思いをはっきりと言葉にする。反射的に返ってくる言葉には、力がみなぎり、嘘がない。「わたしが行きたいところが、わたしの居場所」そう言い切ったのんの未来の居場所はどこなのか、しっかりとこの目で見届けたい。
映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』は12月20日より全国公開