『男はつらいよ お帰り 寅さん』吉岡秀隆&後藤久美子 単独インタビュー
寅さんがどこかにいる気がした
取材・文:磯部正和 写真:高野広美
山田洋次監督の不朽の名作『男はつらいよ』シリーズ50作目にして22年ぶりの新作となる『男はつらいよ お帰り 寅さん』。故・渥美清さん演じる車寅次郎の甥っ子・諏訪満男と、満男の初恋の相手だったイズミ・ブルーナ(及川泉)が再会するところから始まる本作は、山田監督が「50年かけて作り上げた映画」と語るように『男はつらいよ』のすべてが凝縮された作品となった。そんな映画を彩る満男役の吉岡秀隆と、イズミ役の後藤久美子が、作品や渥美さんへの思いを大いに語り合った。
やるやらないの次元じゃない
Q:『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇』から22年ぶりの作品です。新作についてはどんな形で伝えられたのでしょうか?
後藤久美子(以下、後藤):最初は、山田監督から電話が掛かってきて、さらっと「新作をやりたいと思っているので、いい返事を待っています」みたいな話があったんです。口調は柔らかかったのですが「嫌とは言わせないですよ」みたいな感じで……(笑)。その話を聞いて、すぐに吉岡君に「大変だ、大変だ、“洋ちゃん”がこんなこと言い出した!」って連絡した気がします。
吉岡秀隆(以下、吉岡):そうだね。この件に関しては結構話をしたね。
後藤:墓場まで持っていかなくてはいけないような話もしました(笑)。
Q:話がきたときはすでに決定事項のように感じましたか?
後藤:そんな強引な感じではないですが、電話をいただいてから数か月後に、今度はお手紙をいただいて、それを読んでいるうちに、わたしの時間の有り無し、引き受ける引き受けない、なんて次元の話じゃないんだろうなと……。手紙をもらったときもすぐに吉岡君にメールした気がします。
吉岡:そうだったね。でも女優の仕事って何年ぶり?
後藤:報道とかで23年ぶりと書かれていたので、それぐらいなのかな。映画の現場は『男はつらいよ 寅次郎紅の花』以来ですね。
吉岡:それってすごいよね。怖さとかは?
後藤:話を聞いてから撮影まで結構時間があって、セリフが覚えられないとか、現場に遅刻したとか、結構悪夢に近い夢を見ました(笑)。だから撮影が始まったときは、正直ホッとしたのを覚えています。
満男とイズミの現在にびっくり!
Q:台本を読んでどんなことを思いましたか?
後藤:山田監督の思いがすごく強い本だと思ったので、まずはしっかり読み込もうという思いでページをめくりました。毎日毎日じっくりと読みました。
吉岡:想像していたものと違ったというのが最初の印象でしたね。『男はつらいよ 寅次郎紅の花』で、満男はイズミちゃんの結婚式をぶち壊したので、二人で一緒になってハッピーエンドなのかなとどこかで思っていたんです。そうしたら二人は一緒になっていないし、僕は違う人と結婚して、子どももいる……。しかも作家になっているぞって(笑)。自分が想像していたのとは違う二十数年後の満男に対して驚きがありました(笑)。
後藤:二人が一緒になっていなかったのは本当に斬新でした。でも満男君とイズミちゃんが一緒になっていなかったのは、深い深い愛のせいなんだろうなと思いました。二人で人生を歩むということではなく、満男がイズミを行かせてあげた方がいいんだと……愛が深いから二人は一緒になっていなかったのかなと腑に落ちました。
Q:お二人にとって予想外の展開だったのですね?
吉岡:でも良く考えると、二人らしいのかなと。満男とイズミは育った環境がまったく違うんですよね。満男は多くの人の愛に囲まれて育ったけれど、イズミちゃんは家族にいろいろなことがあった。でもそんな二人が惹かれ合う。切ない感じがある二人なので、結婚をしていなかったというのも、どこかで「やっぱりなー」と思うことはありましたね。僕のなかでは、自分が想像していたことと、山田監督が書き上げた本との歴史のすり合わせというのが、すごく心地よい作業でもあったんです。
Q:そんな二人をいつも見守ってくれるのが、寅さんなんですよね。
吉岡:みんながセットに入ると寅さんを探しているんですよね。(前田吟演じる)博さんも(倍賞千恵子演じる)さくらさんも、スタッフも僕も……。山田監督自身も、寅さんを探しながらの撮影だったと思うんです。とても不思議な時間でした。
後藤:わたしも撮影現場では渥美さんがいないという気持ちはまったくなかったです。どこかで見てくれているような気持ちでした。
20年以上ぶりの再会に去来した思い
Q:後藤さんは久々の映画の撮影現場でした。
後藤:CMなどの撮影は続けていたのですが、映画とはまったく違うので、最初は不安でいっぱいでした。山田監督にも包み隠さずわたしの気持ちは伝えていました。でも監督は「わたしに任せておけば大丈夫だから」と話してくださったんです。それは大きな拠り所でした。と言いつつ、山田監督は直前でもセリフを変えるんですけれどね(笑)。
Q:満男とイズミの再会シーンはどんな思いで撮影に臨んだのでしょうか?
後藤:満男の活躍を知って、イズミが会うか会わないかを選択できるシチュエーションだったんですよね。その意味で、自分で会うかどうかを決めるという怖さはあったと思います。でもイズミの性格からして、会ってみたいというのはおかしくないかなと。
吉岡:僕は最初「あー後藤久美子だ」って思いました(笑)。『男はつらいよ』ってベースはコミカルなテイストなので、台本を読んでいるときから「いよいよ来るぞ!」的なノリはあったと思います。ガチガチに緊張しながら、それをポップに表現するのがこの作品の魅力なのかなという気持ちはありました。
渥美清との思い出
Q:本作でも渥美清さん演じる寅さんの存在感は絶大でした。
吉岡:お芝居も人柄もずっと近くで見てきた方。いつも渥美さんが見てくれているからしっかりしないといけないなという思いは強いです。
Q:お二人にとって渥美さんとはどんな存在ですか? ある意味で歴史上の人物ぐらい伝説的な人という印象があります。
後藤:とてつもなく大きな存在ですね。でもだからといって威圧感みたいなものは一切ないんです。なんて言ったらいいんでしょうね?
吉岡:気づくとそこにいらっしゃる(笑)。
Q:思い出に残っているエピソードはありますか?
吉岡:42作目の『男はつらいよ ぼくの伯父さん』のときだったか、ロケ地のホテルで僕と久美ちゃんがセリフ合わせのために、会議室で待っていたんです。そのとき、急にホテルの火災報知機が「ジリジリ」って鳴り出したんです。驚いていたら、渥美さんがヒョコッと顔を出して「火災報知機押したら鳴っちゃった」って……(笑)。
Q:なぜそんなことをされたのでしょうか?
吉岡:はっきりしたことはわかりませんが、そうすれば本読みがお開きになるというか、渥美さんが僕らを緊張させてもしょうがないと思ったのかもしれませんね。山田監督も「もう今日はいいか」って言っていましたからね。そのときの渥美さんの顔が忘れられないんです。ものすごくチャーミングな顔で……。そんな一面を持ちつつも、あるときはすごく寂しそうにしているときもあり、そういうときは、神々しいというか近寄り難いんです。本当に不思議な方でした。
Q:“粋”という言葉がぴったりなんですかね?
後藤:そうなんだと思いますが、わたしが“粋”なんて言うのもおこがましいというか……。でも吉岡君が言うように、すごく親近感があって温かい方なのですが、近寄り難いような雰囲気も持っているんです。わたしが『男はつらいよ』にたずさわった時期は15~18歳ぐらいで、正直に言うと作品のことでいっぱいいっぱいだったので、当時のことをあまり覚えていないんです。こうして吉岡君が話をしてくれると「そういうこともあったな」って思い出す感じで……。だからこうして吉岡君が渥美さんの話をしてくれるのがすごく楽しくて、もっと聞いていたいんです。
2018年9月6日に50作目となる新作が製作されることが発表されてから1年3か月。シリーズ総上映時間83時間以上という膨大なフィルムから、山田監督が紡いだ新作映画は、ファンにとっては宝物のようなものになった。その作品の中心となるのが満男とイズミ。ある意味で『男はつらいよ』シリーズ後半のストーリーを担っていた二人が、顔を合わせ、作品の思い出話を語り合っている姿を見るだけでも涙腺が緩む。山田監督は「演出が下手でも年月の重みだけは伝わるんじゃないか」とワールドプレミアの壇上で謙遜していたが、大げさではなく何度も何度も劇場に足を運んで50年分の“歴史”を味わいたい作品に仕上がっている。
映画『男はつらいよ お帰り 寅さん』は12月27日より全国公開