『ロマンスドール』高橋一生 単独インタビュー
誰だって秘密くらいは抱えている
取材・文:早川あゆみ 写真:高野広美
一目ぼれした園子と結婚するも、自身がラブドール職人だと打ち明けられない哲雄。10年の歳月の間に二人は少しずつすれ違い、やがて彼女も秘密を抱えていることが判明して──。『百万円と苦虫女』など、揺れ動く人の心を緻密に描き出して高い評価を得ているタナダユキ監督が、自身初のオリジナル小説を映像化した今作で、高橋一生はどこか寂し気な佇まいの主人公・哲雄を演じた。演技力に定評がある蒼井優と再びタッグを組んだ彼は、美しくも儚い大人のラブストーリーにどんなふうに挑んだのか。そしてその俳優観とは?
タナダユキ監督の映し出す、粒子の細かい空気
Q:タナダユキ監督だったからこそ、今作のオファーをお受けになったそうですね。監督の魅力は何ですか?
タナダ監督はとても高いレベルでお芝居を見守ってくださるんです。「価値観が似ている」と言ってしまうと簡単すぎるんですが、とっさの動きや日常的なことをしっかりつかみ取ってくれて、ダメならダメと言ってくださるし、「念のため、もう1パターン撮らせて」とはっきり伝えてくださる。僕は自分の芝居について、何も言われなくても、反対に言われすぎてもだめなほうなんですが……(笑)そのバランス感覚が似ているのかなと思います。初めてお仕事させていただいたときからそうだったので、共感の度合いが高いということなのかもしれません。
Q:『ロマンスドール』でも、監督の世界観にとてもハマっていました。
うれしいです。タナダさんには諦観のようなものがあって、それが僕はとても好きなんです。すべてを諦めているところを見下ろしてみたり、通り過ぎたものを思い出したり、といった世界観です。タナダさんの映し出そうとしている空気は粒子が細かくて、その中で何かが動いている感じまで映像で掬い取ろうとしている。とても素敵だなと思います。
蒼井優との“ジャグリング”の妙
Q:奥さんの園子を演じる蒼井優さんとは、2001年の『リリイ・シュシュのすべて』以来の映画共演ですね。
それ以降も何度かお会いしていたので、素直にお芝居には入っていけました。蒼井さんがお芝居で自然にされていることは、ものすごく高難度なことなので、僕はついていくのがやっとでした。よく「芝居はキャッチボール」と言いますが、蒼井さんとの場合はジャグリングで、常にボールが5、6個ほど行き交っているような感覚なんです。蒼井さんに引き上げてもらった感じがしています。
Q:高橋さんも、かなり難度の高いお芝居をされているように見えますが。
そうだといいんですが、僕は意識的にやっていなかったんです。たぶん蒼井さんも同じだと思うんですが、無意識下でやっていたのかもしれないです。振り返って言語化できることが僕にとって発見で、大きいことだと思っています。ただ、お芝居への向き合い方は日々変わっていくので、今の意識を捨てるときがくるのかもしれないですけど(笑)。
結婚はどうでもいいと思っている
Q:哲雄はラブドール職人だけあって手先は器用ですが、心の表し方は不器用な人でした。演じられた感想は?
日常的なところは「いるよね、こういう人」という感じですが、何かスイッチが入るとちょっと偏ってしまう変さがある人で、僕は演じていてとても楽しかったです。夢も希望もない役ですけれど(笑)。撮影期間中は、哲雄と一緒に日々、結婚生活と夫婦間の機微を味わっていました。
Q:秘密を持ち合った哲雄と園子の夫婦関係については、どんなふうに感じました?
誰もがみんな、秘密くらい抱えているでしょ、と思います(笑)。嘘をついたから関係が破綻するというものではないと思いますし、どこまで相手に見せるかということも、本人の問題で人によって違います。ちゃんと隠さず相手に見せているつもりでも「ぜんぜん素直になってくれていない」「もっと早く聞きたかった」などと怒られたりする(笑)。蒼井さんのお芝居のおかげもあり、哲雄と園子の夫婦は非常に生々しいなと感じました。
Q:ご自身は、結婚についてはどう思っていますか? ドラマ「東京独身男子」のときは、ご自身のことを「婚期逃してる男子」とおっしゃっていましたが。
あのドラマでは、なんだかんだ言いつつも結婚したいと思う男性の役だったので、そう発言したのですが、今はまったく結婚したくありません。というか、どうでもいいと思っています(笑)。僕は役をいただいて、演じさせていただくときは「僕」がなくなっていて、常にその人物の思考になっているので、日常生活にもダイレクトに響いてくるんです。たとえば、自分の好きなことに夢中になって亀や生き物といるほうが楽しいと思っているような男を演じているときは、生活も考え方もそうなっている。「高橋さんと役は近いですか?」と聞かれると、「同じです」としか言いようがない。そんなものなんです、僕は。
芝居をしてないと自分を持て余す
Q:役に入ってない高橋さんは、どんな状態ですか?
お芝居してないときの自分は、本当に無価値だな……と思います。ゴミだけを捻出している感じです(笑)。僕の場合、芝居で誰かと何かを作ることで自分に価値を見出しているので、「働かざる者食うべからず」とは本当にいい言葉だと思います。また、ときどき気持ちはフラットなのに、演じた役の揺り戻しみたいなものがあって、これまでいただいた役がふっとフラッシュバックしてくるときがあるんです。たとえば今日は哲雄になっていて、明日は別の誰かのように行動する、というふうに。
Q:演じているときのほうが楽ですか?
楽です。役がないと自分を持て余しますから。あくまで統率している自分はいるんですが、その自分には何もないので、「こんなとき、哲雄はどう思う?」「よし、お前が楽しいやり方にしよう」などと、ほかのキャラクターの感じ方を優先しています。大変な男です(笑)。
Q:高橋さんのお芝居を楽しみにしているファンのためにも、またぜひ素敵な作品を作ってください。
ありがとうございます。ただ、僕の芝居を好きでいてくださる方はいるかもしれませんが、そんなに僕にファナティックになるファンという人はいないんじゃないかと思っています、僕は。もしいてくださるとしても、僕がその方々に向けてお芝居をしてしまったら、共依存の関係になって壊れてしまうと思うんです。僕は向こう側にいる作品の作り手たちとキャッチボールをするつもりで、面白い作品を作りたいと思っています。そうすれば、観てくださる方々は、きっと楽しんでくださるはずですから。僕は常に、そういうスタンスです。
常ににこやかで、人あたりもいいが、その瞳の奥には鋭い人間観察力と長い経験にもとづくシリアスでシビアな視点が存在する。高橋一生はそんな男だ。自身の状況と周囲の様子を的確かつ冷静に受け止めて、受け流すこともできるしなやかな柳のような彼は、今回、希望と絶望を同時に感じるような複雑な役にトライ。監督や共演者との見事なアンサンブルと芝居力で、美しいラブストーリーを作り上げた。その力量は確かなものなのに、自身を芝居以外は無価値な存在と言い切ってしまう彼は、体の奥底からすべて「役者」なのだろう。
(C) 2019「ロマンスドール」製作委員会
映画『ロマンスドール』は1月24日より全国公開