『架空OL日記』バカリズム 単独インタビュー
「消える」かもしれない恐怖は常にある
取材・文:坂田正樹 写真:日吉永遠
お笑い芸人のバカリズムが銀行勤めのOLに成りすまし、2006年から3年にわたってつづったブログ本「架空OL日記」。バカリズム自身が脚本・主演を務め、同作を映像化した連続ドラマ版(2017)では、リアルなOLの日常描写に共感が相次ぎ、第55回ギャラクシー奨励賞を受賞するなど高い評価を受けた。そしてドラマ版から約3年の時を経て、ついに映画化が実現。バカリズムが、ブログから意図せずして一大プロジェクトとなった本作の歩みを振り返った。
まったりした女子トークをスクリーンで見せる挑戦
Q:映画だからといって大きな事件もなく、ドラマ版と同じテンションでOL生活を描いていたので逆に新鮮でした。
もともとこの作品はブログから始まり、書籍化されるときも「小説にした方がいいんじゃないか?」というお話も出たのですが、そこはあえてスタイルを守って、“ブログ本”ということで、1日1ページという書き方で出版させていただきました。ドラマ化されたときもその流れを貫いてきたので、映画でもドラマのニュアンスは変えずにいこうという話になりました。
Q:銀行の更衣室で繰り広げられる日常の女子トークを大スクリーンで届けるというのがまた、バカリズムさんらしい挑戦ですね。
確かにそうですね(笑)。あのまったりした会話を映画館に観に来てくれる人もひっくるめての“狂気”というか、それも面白い試みかなと思います。
Q:この作品は、ブログから書籍、連ドラ、映画化と、脚本家としてはまさにジャパニーズ・ドリームではないかと思うのですが。
本当に夢みたいな話ですよね。通常はお仕事としてドラマの脚本やコントのネタなどを書いていますが、この企画に関しては趣味で書き続けていたものだったので、お金が全く絡まない、自分の創作意欲だけで始まった一番ピュアな作品だったんです。だから、映画化が決まったときはいつも以上にうれしかったですね。
OL描写は妄想+取材で
Q:そもそもOLに成りすましてブログを書こうと思ったきっかけは何だったのですか?
当時、仕事がなく暇だったので、友人を笑わせるためにブログでも書こうかなと。ただ、普通のブログじゃ面白くないので、自分から一番かけ離れている世界、実生活では絶対に体験できないこと、ということでOLに成りすまして書いたらどうかなと思ったんです。
Q:OLをリサーチしたり、観察したりしていたんですか?
ほとんど僕の妄想ですが、銀行で働いていた方とお付き合いしていた時期もあって、リサーチというか、何となく世間話レベルで聞いていたものが情報として頭の中に残っていたので、そういったことを合わせて書いていました。ただ、映画化されるにあたって、時代も変わり、銀行のルールやシステムなんかも2006年当時とは全然違うので、銀行で働く20代の方に新たにお話を聞いたりして、時代錯誤がないよう軌道修正はしました。
Q: OLを面白おかしく描きながらも、決して不快感を与えない印象です。何か気をつけたこと、意識したことはありましたか?
僕自身は、あまり女性の気持ちをわかろうとか、理解しようとかはしないタイプ。どちらかというと男女関係なく、気になることを素直に書いている感じですね。OLを描いた話ではありますが、感じるところとか気になるところとかは、男性も女性も同じなんじゃないかな、と思って。媚びない内容にはなっていると思います。
私服に着替えた瞬間、ドン引きされた
Q:ドラマ版に続き映画版でも、私役で“女優”として参加していますね。
そうですね、女優と言えば女優ですかね(笑)。
Q:26歳、独身OL……どんな気持ちで撮影に臨んだのでしょう?
僕としては、はっきりとそこに「男がいる」という風に映したかったんです。ほぼバカリズムのままOLとして溶け込んで、そこから出てくる「違和感」を楽しんでもらいたいなと思って。でも、我ながら観ていると段々目が慣れてくるんですよね(笑)。紛れもなく「男」でありつつ、そのバランスは絶妙なところを狙ったつもりです。
Q:共演された女優さんたちは、女子更衣室でバカリズムさんが普通に女子トークしていることに違和感はなかったのでしょうか。
撮影に関してはなかったです。ただ、帰り際に僕が男の服(私服)を着て帰るときに、ドン引きするというか、急にそこで“心の壁”をつくるんですよね(笑)。「あ、男だ!」と、はっきり意識している空気を感じました。撮影している間は“同僚”として見てくれているのですが……不思議ですね(笑)。
Q:夏帆さん、臼田あさ美さんらドラマ版のメンバーに加え、坂井真紀さんや志田未来さんなど、新しく参加された女優さんもチャーミングでしたね。
まるでドラマ版から出演していたかのように、自然に演じてくださいました。それはすごく面白かったので、ぜひ新キャラにも注目していただきたいですね。仕事はできるけれど陰で後輩にいじられる上司役の坂井さんや、“私”の同級生のちょっとやさぐれた志田未来さんなど、かっちり台本があったにもかかわらず、まるでアドリブのような空気感を出していたので驚きました。
今年は「もっと面白くなる」が絶対条件
Q:脚本家としても才能を広げていますが、お笑い芸人としての活動に影響を与えていることはありますか?
ライブなどでも2時間分の一人コントの台本を書いているのですが、単純に作業が速くなった気がします。書く文量がここ何年かで膨大に増えたんですが、脚本を書くようになったおかげで、効率よく進めることができるようになりました。あとは、複数の作業を同時進行で進められるようになりましたし、ネタをつくる上での展開の仕方なども少し上達したように思います。何というか、いろいろな角度から書けるようになったのでジャンルも増えたような気がしますね。
Q:ズバリ、バカリズムさんの発想の源はどこにあるのでしょう?
どうなんですかね。日常生活の中で特にネタを探すために意識して観察しながら生きているわけじゃないし、どちらかというと、ライブなど予定ができてからパソコンの前に座って「さぁ、ネタをどうしようか」と考えるスタイルなので。日頃、何かが湧いて出て、それをメモして……というのはないですね。私生活と地続きということもなく、切り替えてやっていることが多いです。
Q:映画公開、ご結婚など吉報が続きますが、今年はどんな年にしたいですか?
2019年はいろいろ反省点が多かったというか、バッティングに例えると真芯で打てなかった感触が続いたんですね。結婚したことは仕事と切り離して考えているので、あまり影響はないのですが、今年は全ての面においてもっと全力でいかなければ、と。芸人さんも増えたし、若手も出てきているので、ちょっと焦りも感じています(笑)。
Q:総括すると「もっとがんばる」でいいですか?
もっと「面白くなる」でしょうか。これが絶対条件ですね。それがないと「消える」という危機感を持っているので。だから、今年は全力でがんばります!
マルチに活動するだけでなく、何をやっても高水準なものを創造するバカリズム。「OLに成りすましてブログを書く」といった突拍子もない行動に出る彼には、「発想の源は?」「アイデアはどのように?」といった質問は通用しないのかもしれない。天才のにおいがする人は、「何となく」というふんわりしたムードを醸し出す。バカリズムの軽やかさは、まさにそれだ。
(C) 2020「架空OL日記」製作委員会
映画『架空OL日記』は2月28日より全国公開