『初恋』窪田正孝 単独インタビュー
ずっと初心のままでいたい
取材・文:浅見祥子 写真:映美
数々の国際映画祭で高評価を受けた三池崇史監督による映画『初恋』。ヤクザに追われる少女、モニカを助けたことで黒社会の抗争に巻き込まれるボクサーのレオ。余命宣告を受けたレオと心に深い傷を負ったモニカが、ギリギリにして純な恋に落ちる。そんな作品で窪田正孝は鍛え上げた肉体でボクサーをナチュラルに表現。同時にラブストーリーの主人公として繊細な演技を見せる離れ業をサラリとやってのけた。その心境は?
待望のボクサー役
Q:いつかボクサー役をやりたかったそうですね?
アクションはこれまでもいろいろとやらせてもらってきました。それでたまたまジェイク・ギレンホールの出た映画を観て、『サウスポー』だったかな。それがとても良かったんです。「この人誰だろう?」と思うくらい、ものすごく体を作っていたんです。ボクシング映画って数多くあって、ジャンルとして成立しているようなところがありますよね。僕にとってボクサーは象徴的な役柄のひとつだったので、昔「ヤンキーをやりたい!」と言っていてやらせてもらったのと同じ感覚で、いつかボクサーの役をやりたいと思っていたんです。今回お話をいただいて、まさかラブストーリーだとは思っていませんでした。しかも三池さんが監督! という感じで。
Q:ボクサーを演じるために、どんな準備を?
これまでもジムには週3~4回は通っていました。さらにこの映画のために週1~2回増やして通って。1か月ほどしかなかったので、どこまでやれるのか、難しい部分はありましたが、キックボクシングのスタイルで、プロの選手にずっとマンツーマンで教えていただきました。
10年前の自分を見るよう
Q:撮影中に「これぞ三池組!」と感じた瞬間は?
カーアクションのシーンでしょうか。実は車内のシーンは、すべて三池さんも車に乗っているんです。モニターを抱えながら3列目の下に隠れていて。カメラマンさんも当然乗りますから、まるで車内だけで映画を撮っているよう。もちろん車を止めて、外から車内の芝居を撮るというアングルもありましたけど。ロケ地になったホームセンターに行くまでの流れも全部そんなふうに撮影したのですが「すごい!」って思いました(笑)。道路ではなくて駐車場だと、私有地だからこんなことまで出来るんだって。お店の中でのアクションもすごかったです。よ~く探すと、まだ血のりが残っているかもしれません(笑)。
Q:相手役であるヒロインは、オーディションで選ばれた小西桜子さんでしたね。
彼女自身に無垢(むく)な部分があって、本当に純粋なんです。実はこの映画の前に『ファンシー』という作品の撮影でも一緒で。『初恋』のヒロインオーディションをやっているのは聞いていて、それが「小西さんになりました」と聞いて驚きながらも、すでに知っている部分もあって。芝居を始めた頃って、芝居じゃないような、そのときにしかない武器があるんですよね。
Q:演技経験の浅い女優さんだからこそ、刺激を受ける部分があったと?
無心に役へのめり込むあの姿勢って戻れない境地というか、年を重ねれば重ねるほど、経験を積むほど、気づかないうちにそこから遠のいている自分がいるんです。僕が芝居で求めているところはそこで、その先にいつもリアルがあると思っていて。だから慣れたくないし、ずっと初心のままでいたいという願望があるんです。その一番うらやましいと思う境地に立つ彼女が近くで芝居をしていたから、敵わないというか、ちょうど10年前の自分を見ているようでした。ほとんど芝居をしたことのない人と芝居をする。気持ちで演じなくてはいけないのに、どこか技術で演じている、そんなところが画に出ているんじゃないか? とずっと思っていました。
映画に国境がないことを実感
Q:レオとモニカの恋、二人の間に流れる感情のやりとりをどう感じましたか?
冷静に考えたら、あの二人は出会わなかっただろうと思うんです。歌舞伎町で会ったとしても、それがあのラストシーンに向けた展開にはならなかっただろうと。レオは余命わずかと言われて突然ボクシングが出来なくなり、モニカはいろいろと問題を抱えていて。あの境遇でなければ成立しなかっただろうなと思います。レオもいきなりああいう状態のモニカと出会い、この人を守ろうとはならないですよね。そもそも最初はレオが「自分の人生、どうでもいい」みたいにムカついて素人を殴ったことから始まるわけで、それってプロのボクサーが絶対にやっちゃいけないことだし。この映画は、そういうことの連鎖だと感じました。
Q:この映画でカンヌ国際映画祭の監督週間や、マカオ国際映画祭に出席されましたね。改めて俳優として思うところはありましたか?
出所したばかりのヤクザを演じた内野(聖陽)さん、同じ組員で策士を演じた染(谷)将(太)、下っ端ヤクザの恋人を演じたベッキーと、一種のオムニバスのようにいろいろな人が出てくる中で、レオとモニカがいる。二人のストーリーが「初恋」というもので、自分がやるべきことはやったんですけど、それで主役として作品の真ん中に立っているというのが正直、怖かったです。カンヌもマカオも、すべて三池さんに連れていってもらったとしか思っていません。レッドカーペットを歩ける高揚感はもちろんありましたが、どこか現実味がない部分もありました。
Q:とはいえ世界的な映画祭へ出演者として出席するのは、強烈な体験だったのでは?
レッドカーペットで質問されたりパネルにサインを書いたりすることより、上映会をしていただいたのが大きかったですね。海の向こうの人たちと自分が出演した映画を観るという感覚が新鮮でした。日本とは違うところで笑うんですよ! 最初、「これってストーリーが伝わるのかな??」と思っていたんですけど、反応を見ていて本当に映画には国境がないんだなと実感しました。
今の自分につながる作品は「Nのために」
Q:俳優としての今の自分を形成する上で、もっとも大きな作品はなんだと思いますか?
「Nのために」だと思います。ドラマ自体がすごく楽しかったし、演出の塚原(あゆ子)さんとはその前に「リミット」というドラマでもご一緒しているのですが、あのタイミングであのドラマが出来たことは大きかったです。朝ドラ「花子とアン」の撮影が終わってすぐに髪を切り、ロケで小豆島へ行ったんです。それで朝ドラの後の「Nのために」がとても反響があって。僕自身はいただいたお仕事を全力でやった感覚しかありませんが、あの出会いとタイミングが今の自分につながっている、そう思っています。
これまでもさまざまな作品のアクションシーンで驚くほどの体のキレを見せ、一方でナイーブな演技を積み上げて共感を呼ぶキャラクターを作り上げてきた窪田正孝。彼の俳優としての力量が、本作ではぎゅっと濃縮されたよう。そんな彼自身はいつでも控えめで、謙虚に照れながら質問に答えたりする。それでいて突然スイッチが入り、最近ハマったというリアリティー番組について語り始めたり気取ったところが皆無。これが多くの人の支持を集める理由かもしれない。
映画『初恋』は2月28日より全国公開