『水曜日が消えた』中村倫也 単独インタビュー
ベストを尽くすのがプロ
取材・文:浅見祥子 写真:高野広美
『君の名は。』にCGクリエイターとして参加、短編映画が高い評価を受け、CMやPVも手がける新鋭、吉野耕平監督が脚本も兼ねた初の長編映画『水曜日が消えた』に中村倫也が主演。演じるのは、事故の後遺症で月曜から日曜まで、曜日毎に7人の人格が入れ代わりひとつの身体をシェアする“僕”。自室の至るところに付せんを貼ってほかの曜日と記憶を共有する日々のなか、水曜日が消える……。この複雑な役柄と、どう向き合ったのか?
衣裳やセットを手掛かりに役づくり
Q:映画を観て、この脚本を最初に読んだときの印象が気になりました。
まず7役という説明を受けて脚本を読むと意外と突飛な内容ではなく、日常のささやかなところを描いている。スタートの時点で、事故の後遺症で7つの人格に分裂しているという設定はあまりないものですが、物語で描く主人公の成長や葛藤は僕らもシンパシーを抱けるもの。役づくりもそのぶん、7役で変えてるぜ! ってことじゃなく、ささやかなものにしたいなと。
Q:主人公の衣裳や部屋のセットが、作品の世界観や役柄をイメージするのに役立ちそうですが?
衣裳合わせも一日がかりでした。毎回、衣裳や美術からヒントをもらうことはよくあります。今回の付せんのメモは曜日毎に7人のスタッフさんが担当し、それぞれ字の癖を活かして書かれてます。メモの内容もヒントだし、部屋に置かれた、趣味を表すアイテムが7色に分けられたコーナーに置かれているのもそうでした。
Q:以前「どんな役も最初に歩き方を考える」とおっしゃっていました。
歩き方や座り方、どういう重心でどんな姿勢でどういう呼吸の深さでどんなテンポでしゃべるかと考えていきます、そうしたことに生き方が出るので。今回は火曜日を軸に、月曜日、水曜日とキーパーソンがいて。そこにない要素は? とほかの曜日を考えていきました。あとは監督からいただいた「設定ノート」に曜日それぞれのイメージやキャラクターの絵が描かれていたので、それを頼りにして膨らませました。
火曜日は学級委員長タイプ
Q:火曜日を演じる上でのポイントは?
事故から16年経っていますが、7人それぞれの体感としては2年4か月くらい。精神年齢は中学生くらいですよね。それで「設定ノート」に火曜日は「7人のなかでは学級委員長タイプ」と書かれていました。7人のなかでは台本にいちばん描かれているので、読んでいけばどういうヤツかはなんとなくわかります。あと……火曜日はどこかしらかわいらしく見えないといけないと思っていました。問題はその加減です。真面目で几帳面でしっかり者、なにかと人から押し付けられがちな人。それで一人で愚痴ることはあっても大声で誰かにアプローチできない、引っ込み思案な性格です。それプラス、かわいらしさや愛嬌が時々さみしいなと思わせる瞬間があって。それで観てくださる方の興味を引いたり、ある種の好感度がないと成立しない話だなと。
Q:映画を観ていて、火曜日って意外とモテるな! と思ったのですが。
どうだろう? 精神的に子どもだし、一ノ瀬という幼なじみの女の子がいたから救われるところがだいぶあった気はしますけど。
Q:深川麻衣さん演じる図書館司書の瑞野と、石橋菜津美さん演じる元同級生の一ノ瀬と、ご自身はどちらが魅力的に映りましたか?
両方難しい役だなと思うし、どっちも魅力的です。それぞれ真逆の女性像ですよね。役柄のよさを、お二人が引き出してくれていたなと。
どの曜日にも自分の要素がある
Q:7人の曜日の中で、ご自身に近いキャラクターは?
日曜日が好きです。なにも言わずアウトドアに出かけるアイツです、グラサンかけて。ワケわかんないですよね。日曜日主演で無声映画を撮りたいです(笑)。セリフがなく、グラサンをかけているから目の動きも見えない! どの曜日が自分に近いというのはないんですよね、どれも自分の要素はあるけど。逆に、それがないと演じられません。
Q:映像表現が独特ですね。
撮影しながらどうつながるのかがわからないシーンもあって、完成が楽しみでした。視覚効果って画が強いので、それに見合うリアクションをキチンと取れていないと成立しません。リアクションはどれくらいの大きさか、どんな段階を経て加速するのか? スタート地点のテンションと、それが最終的にどういう状態になるのか? 監督とそうしたことのイメージのすり合わせをしますが、繊細な作業でした。
Q:そのあたりできた映画を観て、撮影しながら想像したものとのギャップは?
編集で台本のリズムと変わっているところはもちろんありますが、つながりはわりとイメージ通りかもしれません。ただ映像の色味や効果はできた映画を観ないとわからないので、こうなるんだ! 細かいところをこだわってるな~、このCGどうやってつくったのかな? と思いながら観ました。吉野さんだから撮れた、オリジナリティーのある作品ですよね。
Q:脚本の段階と比べると、映像になったときの驚きが大きかったのでは?
どうだろう……カメラがここならどういうアングルでどんな角度で映っているか? はわかります。撮りながら、いまのカットはこういう画というのが頭のなかに残るので。今回はこういうストーリーで、順撮りに近いときもありましたがとびとびで撮ることもあって。その日に撮影が終わると今日撮ったところを、台本を見ながら画のイメージを整理して。「明日はここをもうちょっとこうしようか」とかなんとか、日々調整していました。
Q:その調整も複雑になりそうですね。
今回は、台本にたくさん書き込んでいます。このとき裏ではこうなっていて……といろいろ。いつもはなにも書きませんが、今回は台本が年表みたいになっていました。物語の流れ、ここではなにをピックアップしてリアクションするか、その強度、裏でほかの曜日ではこんなことが起こっているか。だから例えば、次のシーンで月曜日はこういう状態になっている。そうしたことをその都度メモり、照らし合わせていました。
Q:パズルみたいですね。
僕、理系なんですよ。だからそういうやり方が性に合っていたんでしょう。感覚的にやるのは難しかったと思います。
散歩やゴルフで、オフになる瞬間をつくる
Q:主演映画は『星ガ丘ワンダーランド』以来4年ぶりですが、よっしゃ! といった気合いはありましたか?
ないです。若手時代ならあったと思いますけど。大作だ! ゴールデンだ! とバイアスをかけるのがたぶん好きじゃないんです。あえて無視しているところもあります。いついかなる環境を与えられた仕事でも、純粋にそのときのベストを尽くすのがプロだと思っているので……っていま、例のドキュメンタリー番組のテーマ曲が頭の中で流れました(笑)。もちろんこうして宣伝活動をしたり、数字もある程度は背負わなきゃいけないでしょうが、モノづくりにおいてのエネルギー量、モチベーションは変わりません。
Q:昨年の前半は「ところどころ意識が飛ぶほど忙しかった」そうですが、その後も忙しさが続いていますよね。日々、心掛けていることは?
いや昨年の前半に比べたら……その集大成がこれでした。脳がオンのままだといくら時間があっても休まりません、無になる瞬間がないと。3年後の舞台、直近で具体的に決まっているもの、すでに脚本をいただいているものといくつもあり、ほっとくといくらでも考えられちゃいます。そこをあえてオフにできる瞬間をつくる必要があります。それが趣味や掃除や散歩、あと去年の下半期にゴルフを始めました。
Q:毎日、オフにするための時間を?
毎日はとてもできないですけど。ゴルフは最近打ちっぱなしではなく、コースに行きます。10月に初めてゴルフ場へ行ったのですが、スコアはもうすぐ100を切れるかな? くらい。まあ……運動神経がいいので(笑)。
一癖ある役をやらせたらこの人、中村倫也は安定感のある演技派としての地位を固めた感がある。取材中も、選び取る言葉や話しぶりはやはりクレバー。それでいてときどきオトボケなオチをつけたりする。どんなに複雑な役でも、内面に起こっているかもしれないドタバタを人には見せないのだろう。芝居への情熱とクールな態度が、多くのつくり手に求められる理由かも。
映画『水曜日が消えた』は6月19日全国公開