『ミッドナイトスワン』草なぎ剛 単独インタビュー
どんな役もその時の自分の集大成
取材・文:浅見祥子 写真:高野広美
映画『下衆の愛』、ドラマ「全裸監督」の内田英治監督がオリジナル脚本も手がけた映画『ミッドナイトスワン』。この映画で草なぎ剛が、トランスジェンダーの凪沙役に挑んだ。育児放棄の状態にあった親戚の娘、一果を養育費目当てで預かることにした凪沙。やがてバレリーナになる夢を抱き始める一果に、凪沙は母親のような愛情を抱き始める……。見た目にも心情的にも、多くのハードルがあったはずの凪沙役と、いかに向き合ったのだろうか?
考えてできる役ではない
Q:以前「睡眠がいちばんの役づくり」とおっしゃっていました。今回は、それでは難しいと思ったのですが?
いや睡眠でした(笑)。むしろこういう役こそ、つくり過ぎるとクサくなってしまう。凪沙は悩みを抱えているけど特別な人ではなく、普通の人と同じ。考えてもできるような役じゃないから、考えるのは止めようと思いました。
Q:いろいろと考えて、そういう結論に至ったということでしょうか?
トランスジェンダーとひとくくりにはできないし、いろいろな方がいるはずですよね。こうでなくてはいけないという決まりはなく、どんなふうでもオッケーだなと。現場に行けばなんとかなる! と思っていました。
Q:しゃべり方は女性らしさを意識されたのですか?
ヘンに女の子っぽくすると絶対にわざとらしくなるから、むしろ僕の普通のトーンでいいんじゃないかと。現場では周りに本物の方々がいたので、一緒にいるとチューニングされていくようでした。演じているときも、特に意識はせず、だんだんその気になっていくというか……(笑)。
Q:後ろ姿が女性に見えたので、立ち方や歩き方はかなり意識されたのかと思ったのですが?
あっ本当? うれしい、それすごくうれしい。自然なカタチでそこに佇んでいるイメージでした。やっぱり、あまりやり過ぎない方がいいと思うんです。カメラをセッティングして撮ってくれるんだから、自分が動いてしまうと台無しにしてしまうかもしれない。衣裳さんにキレイな服を着せてもらい、ヘアメイクさんにキレイにしてもらって。みなさんがいろいろと役をつくってくれるから、僕は無でいよう! くらいがいい。決して一人でできることじゃないなと。
理屈を超えた愛に感動
Q:一果と出会ってからの凪沙は心情的にも激動でした。
台本を読んだときにすごく泣いてしまって。理屈を超えた愛がいいな~と。母として一果を育てたいと思ってしまう気持ちってなんなのだろう? と思ったけど、それはいまでもわかりません。謎です(笑)。
Q:凪沙を演じ終えても、わからないものなんですね?
わからない、わからない。理屈を超えた愛があるのだろうし、監督もそこが描きたいのかなと。人が人を好きになるって、説明できないですよね。そうした感情は凪沙にとってはなくてはならないものになり、一果と出会えて凪沙は幸せだったのかなと思って。田舎に暮らして夢があるけど家が貧しくてお母さんもちょっとグレていた一果と、生まれてからずっと、簡単に言うとコンプレックスみたいなものを抱えていた凪沙。どこかで心情が交差し、重なって、引力のようなものを感じたのでしょう。とても人間臭いし、人間愛ですよね。
Q:凪沙を演じることは、母性のようなものと向き合う作業でもあったのでしょうか?
ワンちゃんを飼っていますが、それに近い感覚があるのかな……。子犬をお風呂に入れていると暴れて、手から落ちて溺れそうになります。「ああ滑る滑る、大丈夫!? 」って、そうした感覚に近いかも。溺れる子犬を救ってあげたいと思う、本能のような。
Q:コロナ禍の自粛期間中に子犬が産まれ、自宅で子育てをしていたとか?
あの経験は人生でいちばん劇的でした。ビビりました。普通、子犬は生後2~3か月でもらってきますが、そこまで育てるのがもう……ヤバいです。フレンチブルドッグは特に生命力が弱いみたいで1時間ほどで体調が変わってしまうんです。生まれた直後は3日間、一睡もしませんでした! そのあとの10日間は40分おきにミルクをあげたりおしっこの世話をしたり。4匹のうちの一匹が弱くて、腕の中でどんどん弱っていっちゃって。3日間ずっと鳴いているんです。深夜にひとりで世話をしていると、いなくなっちゃう! と思ってもう汗だく。一睡もせず、点滴のようにミルクを一滴ずつあげて回復したんですけど、気が気じゃなかったです。あまりに大変で二度とやれないかも……。でもそれ、『ミッドナイトスワン』の撮影が終わってからでした。逆だったら、もっといい芝居ができたかも(笑)!
いちばんいい凪沙になれた
Q:今作が女優デビュー作となった一果役の服部樹咲さん。導くことを意識されましたか?
逆に助けてもらいました。演技をしたことのない人が一果になってカメラの前に立っている。するとこちらも、ヘンにテクニカルなことをやってもしょうがないと思わせてくれました。一果がスゴかったんです。とても緊張してはいたけど、それも含めて一果なんですね。驚かされました。
Q:監督はリハーサルをしなかったそうですね?
だから一果がバレエを踊るシーンは本当にビックリしちゃって。そういう環境をつくってくれた監督がいて、一果に引き出してもらった。演技って、そういうものだろうってちょっと思ったんですよね。経験がなんの役にも立たないというと語弊があるし、もちろん経験も大事だけど、この映画に関しては、お芝居を知らない人が、あんな感じで佇んでいたらもう一果じゃん! と。僕は「なにも考えなかった」と言ってるけど、樹咲ちゃんがいたからそういられた。彼女じゃなかったら、現場に入って「もうちょっといろいろやろう」と思ったのかもしれません。樹咲ちゃんのおかげでいちばんいい凪沙になれました。
Q:完成作をご覧になった感想は?
今回も僕の集大成になったなと。そもそもどの役も集大成だと思うんです、そのときの自分でやるわけだから。観終えた後、感動して席から立てなかったんです。他の作品もそうですが、それだけのエネルギーを注いだからかもしれません。
いろいろな可能性を見つけ、新しい地図を広げていく
Q:「集大成」を経て俳優として新たなスタートになりそうな予感も?
役というのは自分の人生のターニングポイントになりえるものだし、その役を演じるのは偶然だけど、必然性があって舞い込んでくるものだと思っているんです。この役も去年の僕でないとできなかっただろうし、そういう巡り合わせでこれからもお話をいただけたら。今後は大河ドラマもやらせていただくので、それに向けてがんばろうと思ってます。
Q:現在の仕事の環境をどう感じていますか?
YouTubeをやり始めて「剛くんって意外としゃべれる人なんだね?」と言われるのですが、一人でやってるからしゃべらないともたないんだよ! って(笑)。SNSもやり始め、パーソナルな部分を楽しんでいただき、役を通して僕を見ていただいて。僕は小さいころからエンターテインメントの世界しか知らないので、いろいろな可能性を見つけ“新しい地図”を広げていきたいと思っています。
Q:これからこの映画を観る人に一言お願いします。
ちょっとコロナが心配ですけど、観ていただければきっとなにか訴えかけるもの、心に残るものがあると思います。それは前向きな希望だったり、光のようなものだと思うので、この時代に観ていただくにはとてもいいはず。皆さんの元気、活力の源になる作品です!
草なぎ剛が姿を現すなり、パッとその場が明るく照らされるのはさすが。まったく壁を感じさせず、話しながらなんども楽しそうによく笑う。その一点の曇りもなく明るいさまに、ちょっと感動してしまう。それでいて俳優としてはまさに憑依型。ふだんの彼は決して女性的とは思えないのに、心が女性である役柄とナチュラルに同化する。NHKの2021年大河ドラマ「青天を衝け」には徳川慶喜役で出演。さらなる俳優としての進化が見ものだ。
映画『ミッドナイトスワン』は9月25日より全国公開