『水上のフライト』中条あやみ 単独インタビュー
自分の限界は自分で決める
取材・文:坂田正樹 写真:高野広美
映画『チア☆ダン ~女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話~』ではキレのあるダンスを披露し、『覆面系ノイズ』では見事な歌唱でファンを魅了した中条あやみ。ところが、実際の彼女、ダンスも歌も大の苦手。「なぜ毎回、試練が与えられるの?」という思いを抱きながら、持ち前の根性でマイナスをプラスに変えてきた中条が、本作ではカヌーという彼女にとって未知だったというスポーツに挑んだ。事故で足が不自由になった主人公・遥の葛藤を演じるうちに自分自身も成長できたと語る中条が、過酷な撮影を振り返る。
主人公を演じることで成長できた
Q:中条さんが演じた遥というキャラクターに対して、どんな印象をお持ちですか?
今まで走り高跳びという競技を一人で戦ってきた“一匹狼”タイプの女の子です。人一倍練習を積み重ねてきたし、その分、自分に自信があるから、結果を出せない選手には「努力が足りない!」とはっきり言い切ってしまうところがあるんです。でも、不慮の事故で、自分が強みとしていたもの、自分の全てだと思っていたものを一瞬にして奪われ、初めて挫折を味わうことになる。元の自分に復活できないことを知っているから、周りの人の応援も、自分の本意ではない未来を押し付けられているようでなかなか受け入れられない……。その気持ちには共感できました。パラカヌー(パラリンピックのカヌー競技)と出会っていなかったら、本当に絶望的だったと思います。
Q:これまで出演作では、ダンスや歌など、中条さんにとって苦手意識もあったことに挑戦する役が多いですね。今回はカヌーです。
ダンスや歌も苦手ですが、運動も決して得意じゃない。そんなわたしにどうして毎回、いろんな試練が与えられるんだろうって、正直思いました(笑)。このお話をいただいた時も、カヌーはもちろんできそうもないし、遥という役も演じきる自信がなかったので、マネージャーに相談させていただいたんです。そこで「あなたにオファーが来たことに意味があるんです」と言われて、ハッと目が覚めたんです。わたしに「遥を演じてほしい」と思ってくださった方の気持ちを受け止め、役としっかり向き合うことで、新たな成長につながるんじゃないかと。実際、遥に寄り添いながら、わたし自身も一緒に成長できました。
Q:『覆面系ノイズ』以来となる杉野遥亮さんとの共演はいかがでしたか?
当時、杉野くんは、ちょっと天然で優しい男の子だったので、撮影現場ではいじられキャラだったんです。だから、若くて可愛い印象しかなかったのですが、今回、久々に会って、すごく大人になったなぁって。すっかり男らしくなって、なんだか違う人に会ったみたい(笑)。きっと彼なりにいろんな戦いを乗り越えてきたんだろうなと思いました。
カヌーの練習では心が折れそうに
Q:カヌーの練習は大変でしたか?
まず、プールの上で普通のカヌーを漕ぐ練習から始めました。通常のものは、水に面している面積が広いので、落ちたりすることはないのですが、競技用のカヌーになると、すごく細くてとんがっているので、水上でバランスを取るのがとても難しいんです。安定させて乗るまでには、普通、1か月くらいはかかると言われて……。それを聞いた瞬間、心が折れそうになりました。
Q:撮影のスケジュールを考えると、1か月なんて無理ですよね?
そうなんです。だから苦肉の策として、カヌーの横に浮き輪をつけて、落ちないように漕ぐシーンを撮って、あとでCG合成して浮き輪を消そうという話になったんです。ところが、実際にやってみると、浮き輪がすごく重くて速く漕げないし、腕の力を使うので、体力的にも大変。画的にも全然かっこよくない。これはもう、腹を決めて自力でカヌーをマスターするしかないと思って、その日から猛特訓ですよ。もともとパーソナルジムに通っていて、体幹や背筋を鍛えるトレーニングはしていたんですが、それを全て、カヌーを漕ぐために必要な筋トレに変えて、アスリートばりにがんばりました。
Q:自力でカヌーに乗れたのですね! やっぱり中条さんは、やればできる人。
はい、なんとか間に合いました! プロデューサーさんに「CG合成の費用を浮かせてみせます!」って宣言してしまったので、それはもう必死でした(笑)。
東京大会はパラリンピックにも注目したい
Q:今回の映画でパラリンピックのことを学んだり、障がいのある方のご苦労を体感したり、かなり勉強になったのでは?
平昌大会の時に、テレビでパラリンピックのアルペンスキーを観ていたのですが、ゴールした瞬間、観戦していたご家族の方がすごく喜んでいらっしゃる姿に感動したのを覚えています。でも、パラリンピックに関する思い出はそれくらいしかなかったので、今回、いろんなことを知ることができてすごく勉強になりました。今年、東京大会を楽しみにしていたんですが、コロナ禍で延期になったので、開催された時はパラカヌーをはじめいろんな競技を観てみたいと思っています。
Q:車椅子生活も貴重な体験になりましたね。
車椅子もかなり練習しました。実際に街中や道路を車椅子で走ってみると、地面に近くなる分、子どものような目線になるので、大きな車が横を通った時は本当に怖いですし、普通に立って歩いている時よりもスピードも速く感じるんです。あと、映画のシーンにもありましたが、高いものが取れなくて、誰かに手助けしてもらったり、マジックハンドのようなものを使って取ったり、私たちが当たり前のようにできることがものすごく難しかったりすることも身をもって実感できました。
Q:普段の生活で中でも気付くことがあったのでは?
駅や施設などを見ても、まだまだバリアフリーになっていないところが多いと改めて感じました。事前に調べてから外出しないと、エレベーターを探したり、段差のないところを探したり、現地で大変な思いをするので、早く整備が行き届くといいなと思いました。
限界を決めず、いろんな作品に挑戦したい
Q:挫折や葛藤を乗り越えて、遥は人間的にも大きく成長します。中条さんはこの映画から人生の教訓として何を学びましたか?
わたしは遥という女の子を通して「自分の限界を自分で決めてはいけない」ということを学ばせていただきました。遥は、自分の全てだと思っていたものを一瞬で失い、絶望の淵をさまよいますが、カヌーという競技と出会ったことで、自分の弱さを認め、自分としっかり向き合うことができた。そして人間的にも成長し、どんどん強くなっていきます。「できるわけがない」とか「やっちゃいけない」とか、自分で制限をかけてしまったら、そこで全てがおしまい。自分で自分の限界を決めず、いろんなことにチャレンジしていくことは、自分の新たな可能性も引き出してくれるので、とても大事なことだなと思いました。
Q:そういった意味では、ダンスや歌、そしてカヌーと、あきらめずに挑んだ甲斐がありましたね。
本当にそう思います。今となっては感謝しかありません。これからも限界を設けず、アクションからコメディー、それからアットホームな人間ドラマまで、いろんなジャンルの作品にトライしていきたいです。
決して器用ではないけれど、ひたむきに努力を積み重ね、求められるレベルまで自身を引き上げる底力がある。癒やし系の雰囲気に隠れているが、実は彼女、なかなかのど根性女優。ジブリアニメが大好きで、コロナ禍でなければ一人で名画座めぐりを楽しむ文系女子にもかかわらず、競技用カヌーを短期間で乗りこなし、その上、車椅子で芝居をするという心意気には頭が下がる。中条あやみだから出せる努力の汗こそ、この映画の生命線だ。
ヘアメイク:山口朋子/スタイリング:上田リサ
(C) 2020 映画「水上のフライト」製作委員会
映画『水上のフライト』は11月13日より全国公開