『ばるぼら』稲垣吾郎&二階堂ふみ 単独インタビュー
映画で新しい自分を表現する
取材・文:磯部正和 写真:高野広美
数々の作品を世に送り出してきた手塚治虫が、謎めいた少女と暮らす小説家の行く末を描いた異色作を、息子である手塚眞監督が実写映画化した『ばるぼら』。本作で、異常性欲に悩まされる人気作家・美倉洋介にふんした稲垣吾郎と、自堕落な生活を続けるなか、美倉に拾われる少女ばるぼらを演じた二階堂ふみが、初共演となる互いの印象や、非常にエキセントリックな世界観を作り上げた撮影現場などについて語った。
僕は100パーセント俳優
Q:2018年11月に行われた製作発表の会見で稲垣さんは「いまだからこそチャレンジできる役柄」と話していました。
稲垣吾郎(以下、稲垣):数年前に大きく環境が変わったなかで、この年になっても、いままでやってこられなかったようなことをやっていきたいと思っていたとき、この作品と阪本順治監督の『半世界』という2つの作品に出会えました。僕はいろいろなことをやっていますが、基本的には100パーセント俳優だと思っていて。映画俳優としてやっていきたいという気持ちがあったなか、自分の気持ちとリンクするような苦悩を持った美倉という役に巡り合えた。きっと役に寄せていけるのではないかという思いがあってそういう発言になりました。
Q:二階堂さんは演じてみていかがでしたか?
二階堂ふみ(以下、二階堂):撮影中も迷いながらで、結局最後までわからないままでした。ひとまずわたしは自分の感情を置いて臨みました。ただ今回、手塚監督や撮影を担当したクリストファー・ドイルさんに明確な画のイメージがあったので、そこに忠実に入っていけば、自分で答えを模索する必要がなかった。時間が経ってみて、導き出される答えもあるのかもしれません。
Q:撮影をクリストファー・ドイルさんが担当されるなど国際色豊かな現場はいかがでしたか?
稲垣:海外に行って撮影したような感じでした。作品自体も異国感がある雰囲気で、その世界観を実感できる現場でした。やっぱりクリスさんの影響が大きかったかな。迷いがないのですごく演じやすかった。気持ち良く泳がせていただいた。現実か嘘かわからないような時間でした。
二階堂:ウォン・カーウァイ監督が大好きでクリスさんは格好いい画を撮られる方だなと思っていました。とても優しいのですが、すごくこだわりのある人という印象でした。
稲垣:良いときは「すごく良い」って喜んでくれるので、こちらは安心して芝居ができました。
美倉のおかげでばるぼらとして生きられた
Q:お二人は本作が初共演。ご一緒してみていかがでしたか?
稲垣:ばるぼらとして現場にいてくれたので非常に演じやすかったです。先ほど「ばるぼらはこうだ」という感じではなく、撮影中はずっと悩まれていたと話しているのを聞いて、そういうやり方もあるんだなと。ばるぼら自身も自分がなにものであるかわかっていない。それを自然にできてしまうのがすごいと思います。理屈を繋いでばるぼらを演じたら面白くないですよね。
二階堂:最初に美倉先生を稲垣さんが演じられると聞いたとき、稲垣さんの知的な部分が、美倉というキャラクターをより立体化するだろうなと思いました。美倉さんのセリフってすごくキザで、言葉を自分の身体に染み込ませるのが大変だろうなと思っていたのですが、微塵もそんなことを感じさせなかった。ばるぼらって他者が作り上げた産物なので、稲垣さんが美倉さんを見事に作り上げてくださったおかげで自由に生きることができた。その意味ですごく感謝しています。一方で、すごい裏切りをされるんだろうなと大きな期待がありました。
Q:裏切りというのは?
二階堂:ゴールデンタイムで稲垣さんを観ていた方が、この映画の稲垣さんを観たら、良い意味で大きく裏切られた気持ちになるんだろうなって……。それがすごく楽しみです(笑)。
稲垣:そう言ってもらえるのは嬉しいです。
映画が新しい面を引き出してくれる
Q:稲垣さん自身も、これまでテレビで見せていた自分と映画での自分は違うと思いますか?
稲垣:最近は画期的で実験的なドラマも増えてきましたが、やっぱりテレビだと冒険しづらい部分があると思います。新しい自分を表現するきっかけになるのは舞台とか映画だと思っています。
Q:転機となった作品はありますか?
稲垣:三池崇史監督の『十三人の刺客』のとき、悪いお殿様を演じさせていただいたんです。それまではまっとうなヒーローなどをやることが多かったのですが、あの映画のあとはヒール役とか変わった役とかもいただけるようになりました。今回の作品も新たな役との出会いのきっかけになってくれると嬉しいです。
この仕事向いているのかな?
Q:稲垣さんは46歳、二階堂さんは26歳。40代、20代の後半はどんな過ごし方をしようと考えていますか?
稲垣:26歳のときは四捨五入したら30歳になるので、いろいろなことを考えました。でも40代になってしまうと、あまり40代だから特別なにかを……みたいなことは考えていません。
二階堂:いろいろ考えます。この仕事向いているのかなと思うこともあります。まったく悪い意味ではないのですが、こういう作品をやるとなにか期限があるように感じてしまうんです。もし、この役を10代のときにいただいても「まだ早い」と思うだろうし、30代になったらできないと思うかもしれない。そういう感覚で年齢を捉えることはあります。あとは最近、役者って大事なものが増えるほど、失うことが怖くなって動けなくなるのかなと感じることがあります。
稲垣:先日、黒沢清監督と対談をしたので『CURE キュア』とか『カリスマ』を観たんです。当時の役所広司さんはいまの僕の年齢より若いのですが、すごく風格がある。以前、三谷幸喜さんの『笑の大学』という映画をやらせていただいたときの役所さんが、いまの僕と同い年くらい。全然上に感じるというか僕はあのころの役所さんのような貫録があるのだろうかと思ってしまいます。
二階堂:わたしも昔の女優さんの映像を観ていると、すごく大人だと感じます。でも稲垣さんはお若く見えることが魅力だと思います。
二階堂ふみが「すごい裏切りを見せてくれる」と評した本作での稲垣吾郎。この言葉通り、近年次々と新しい魅力を提示している稲垣だが、さらに、いい意味で“乾いた稲垣”を堪能できる。一方の二階堂演じるばるぼらは「垂れ流した排泄物のような女」と表現されるだけあり、そのインパクトは強烈だ。二階堂自身、映画ではエキセントリックな役を演じることもあるが、一方で連続テレビ小説「エール」では、懐の深い良き妻であり良き母を好演している。その意味で、本作での彼女も「大いなる裏切り」なのだろう。そんな2人が対峙した映画が一筋縄で収まるわけがない。
映画『ばるぼら』は全国公開中