『私をくいとめて』のん 単独インタビュー
女優の仕事は、生きるために不可欠なもの
取材・文:成田おり枝 写真:上野裕二
2017年公開のヒット作『勝手にふるえてろ』に続いて芥川賞作家・綿矢りさの小説を大九明子監督が映画化した『私をくいとめて』。のんが、崖っぷちアラサー女性の葛藤をキュートなおかしみを交えて、見事に演じている。大九監督には「たくさん質問させていただいた」と対話を重ね、映画づくりに参加したというのんが、アラサー女性への共感と共に本作で切り開いた女優としての新境地について語った。
脳内の相談役と対話するヒロインに共感
Q:おひとりさまライフを満喫しすぎて、脳内に相談役=Aが誕生してしまったヒロインのみつ子を演じました。「ぜひ演じてみたい」と思われた理由から教えてください。
脚本が本当に面白かったんです。みつ子がAと話している場面は、ファンタジックではありますが、リアリティーもあって。言いたいセリフ、演じてみたいシーンがたくさんあって、何だかうれしくなって、脚本を読みながらニヤニヤしてしまいました。今は、おひとりさまって、一つの生き方として普通になってきていますよね。それを肯定できる作品だという点も惹かれた理由です。
Q:リアリティーを感じたのは、どのような点でしょうか。
わたし自身は、お仕事をする上でクリエイティブチームを結成していて、一緒にアイデア出しをしたりしています。みつ子にとってのAのように、どんな話でも聞いてくれて、悩んだときには一緒になって考えてくれます。もし彼らがいなかったら、わたしもAを作り出しているな! と(笑)。そう考えると自分の中でもAの存在をとてもリアルに感じられて、腑に落ちる部分がありました。
Q:のんさんにとってのAは、クリエイティブチームの仲間なのですね。
そうなんです。みつ子って、実は自分の中では答えが出ていることをAに問いかけて、頭の中を整理したりもしていますよね。自分でもダメだとわかっていることを「これってダメかな」と相談して、注意されたり。先日、綿矢さんとお話しさせていただく機会があったんですが、「原作のAはもっと手厳しい、コーチのような存在だ」とおっしゃっていたんです。そんなコーチがいたら、きっと誰でも心強いですよね。
Q:確かに、自分の中で答えは決まっているけれど、誰かに背中を押してほしいときってありますね。
そうですよね! ベネディクト・カンバーバッチ主演のドラマ「SHERLOCK/シャーロック」をちょっと思い出したりしました。シャーロックは考えていることをいろいろと口にするんですが、ワトソンがいなかったらどうしていたんだろう? もしかしたらAのような存在を作り出していたのかもしれないと思って(笑)。そう考えても、みつ子にとってAはベストパートナーなんだなと感じます。
感情を爆発させるシーンで成長
Q:みつ子が一人でしゃべっているシーンが大半を占める本作。のんさんが担うセリフ量も膨大なものになりました。
特に「この会話、楽しいな」と感じるシーンは、すぐにセリフを覚えられる方で。「このシーンはどのような流れになったら面白いかな」と声に出して読んでいるうちに、自然と頭に入ってきます。逆に説明ゼリフなどは、覚えるのに苦労するときがありますね。みつ子のセリフはすべて感情の流れがあるので、楽しんで覚えることができました。
Q:泣いたり、怒ったりと、感情を爆発させるシーンもあり、みつ子を通して、新しいのんさんの表情が見られました。ご自身にとって、本作はどのような挑戦ができた作品になりますか?
あそこまで、“自分の感情に溺れて怒り狂う”という表現に挑んだのは初めてのことでした。日常生活においてそういった状況に陥ったことがある人もいると思うのですが、そんな方々にとって「見ていられないよ」というシーンになったら困るなと感じていました。どういった表現にしたらいいかと、試行錯誤して取り組みました。
Q:演じ切ってみていかがでしたか?
涙を流すシーンを撮影する当日は、すごく緊張してしまって。みつ子の気持ちを読み解いて、こういう感情だからこそ泣くんだと理解してから臨むようにしていましたが、本当に涙が出るかどうかは、本番次第なところもあって。みつ子として涙を流すことができたときは、役者としてもちょっと成長できたかなと思いました。
Q:大九明子監督とは初タッグとなりました。大九監督は、のんさんと対話をしながら、この映画の核を再確認していったとおっしゃっています。監督と話して印象的だったことはありますか?
「みつ子はリア充なのか? 非リア充なのか?」ということや、みつ子の年齢についてなど、たくさん質問させていただきました。監督は「30歳という年齢を超えるとき、みつ子はすごくジタバタしていた。でも超えてみるとなんてことはなくて、ぬるま湯の境地で楽しんでいたところに多田くんが現れて、久しぶりに恋をしてワタワタと慌てている女性です」とおっしゃっていました。その言葉は、みつ子を演じる上での大きな手掛かりになりました。
Q:『この世界の片隅に』の片渕須直監督ものんさんとたくさん話しながら、作品をつくり上げていったとおっしゃっていました。のんさんが映画づくりに向かう上で、監督と対話することは重要になるのでしょうか。
対話というよりは、監督の頭の中にあることをすべて聞いておきたいと思っています。感じるままにやってほしいという演出もあるかもしれませんが、わたしは台本に書かれていることや、演出の意図について、疑問のまま残しておきたくはないなと思っていて。自分の中で監督の思いを明確にしておくと、余白の部分をもっと膨らますことができるし、役を演じる上でもより自由になれると感じています。『この世界の片隅に』のときは、片渕監督を質問攻めにすることもあったので、監督を結構苦しめてしまったかもしれないですね(苦笑)。
アラサーへの戸惑い「ヤバいぞ!」
Q:友だちが結婚して遠くに行ってしまったと感じたり、恋の仕方がわからなくなってしまったりと、アラサー女性の戸惑いが描かれます。のんさんは現在27歳。アラサーならではの不安を感じることはありますか?
わたしもアラサーなので「そろそろおみつさんかしら!」という感じです(笑)。子どもの頃から姉妹同然に育ってきた従姉妹が次々と結婚していって、子どもが生まれたりしているのを見ると、「どうしよう!」と思うときはありますね。あと、勝手な思い込みで、一緒に独身生活を過ごすと思っていた友だちが結婚してしまったり……。そういうときは、みつ子の焦りのようなものを感じることもあります。
Q:リアルな焦りです!
従姉妹に子どもが生まれて「どうしよう」と思いながらも、赤ちゃんに会いに行ってみるとものすごくかわいいんですよね!「この子がいればわたしは大丈夫だ」と勝手に思って、母性本能が満たされてしまって。これまたヤバいぞと思っています(笑)。
楽しく生きる上で欠かせないもの
Q:おひとりさま生活を楽しく過ごしているみつ子。のんさんにとって、楽しく生きる上で欠かせないものとはどのようなものでしょうか。
わたしの場合は、女優のお仕事です。10代の時に、女優になっていなかったらわたしは何をやっていたんだろうと考えたときに、何も思い浮かばなくて。実家にいる妹に電話して聞いてみたんです。妹は「そのへんでのたれ死んでいると思う」と言っていました(笑)。
Q:すごい言葉ですね(笑)。
そのときすごく納得してしまって。これはわたしの生きる術であり、がんばらないといけないことだと思いました。「のたれ死んでいると思う」と言われるほど自分のダメな部分も、女優ならば、ドラマチックに、面白おかしく生かすこともできるはず。女優業は、わたしにとって生きる上で欠かせないものです。
「みんなで一つのものを作っていく過程が大好き」と瞳をキラキラと輝かせたのん。作品や女優という仕事について情熱的に語る姿に、こちらも胸躍る気持ちがした。アラサー女性の喜怒哀楽を豊かに表現した本作で、改めて彼女のパワーを実感。のんの新たな代表作と言えそうだ。
(C) 2020『私をくいとめて』製作委員会
映画『私をくいとめて』は12月18日より全国公開