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『名も無い日』永瀬正敏 単独インタビュー

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『名も無い日』永瀬正敏 単独インタビュー

心が震える瞬間が何度もあった

取材・文:早川あゆみ 写真:映美

米ニューヨークを拠点に活動する写真家で、『健さん』『エリカ38』などのメガホンも取った日比遊一監督の実話を基にした人間ドラマを映し出す本作。オダギリジョーふんする次男・章人に先立たれてしまう、監督を投影した長男・達也を演じたのは永瀬正敏だ。映画を中心に芯のある活動を続ける彼にとっても、家族の死を題材にした物語の撮影現場はたやすいものではなかったという。三男・隆史役の金子ノブアキをはじめとした実力派俳優陣との共演や、エンターテインメントの現状についての思いを、永瀬が明かした。

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全てを委ねてくれた

永瀬正敏

Q:ご出演を決めたポイントは何でしたか?

台本を読ませていただいてから、日比監督に何度もお会いして、お気持ちを伺いました。思い出はどうしても美化されますけど、本当のところはどうだったのか、飾った言葉ではなくストレートにお話ししてくださって。グッとこられたのか、途中で席を立たれて7〜8分戻ってこられなかったこともありました。それくらい、全てを委ねてくださったので、ぜひ演じさせていただきたいと思いました。

Q:実際の体験者がその場にいることにハードルは感じませんでしたか?

逆に、疑問点をすぐにご本人にお聞きできる安心感がありました。ただ、死を扱っている物語なので、たやすくはできない。監督ご自身がカメラマンで、ずっとニューヨークに住んでいらして、アーティストとして弟さんの死に向き合わないと先に進めないと思われたんじゃないでしょうか。その思いを少しでも共有できればと思いました。監督はグローバルな考えをお持ちで、これからもボーダーレスに活躍される方だと思います。

Q:ご自身が写真家としても活躍されていることで、監督の思いに共鳴した部分もありますか?

どちらかというと、僕の祖父が写真師だったことの方が強いかもしれません。祖父は、戦中戦後の混乱で写真が撮れなくなっていました。僕には、生まれて1年も生きられなかった弟がいたのですが、亡くなったときに父が祖父に遺影の撮影を頼んだんです。でも祖父は頑として撮らなかった。それはたぶん、亡くなったあとの顔を遺したくなかったんだろうなと、今になってわかる気がしています。弟はずっと保育器の中にいて、僕は一度だけ抱っこさせてもらいましたけど、あまりに小さくて怖くて、すぐに母に返しちゃった。そういう思い出は心の印画紙にだけとどめておいた方がいいという、カメラマンとしての祖父の判断があったのかもしれないです。そんな思いが、劇中の達也にリンクしたのかもしれません。

心で芝居する俳優たち

永瀬正敏

Q:次男役のオダギリさん、兄たちを支える三男役の金子さんと、3兄弟のバランスが絶妙でした。

劇中の兄弟の家は実際にある監督のお宅で、ここで弟さんは亡くなっています。ですからオダギリくんはあるシーンで、実際に弟さんがこもっていたあの部屋にずっと一人でいました。もちろんお芝居なんですが、部屋から受け取る心情を自分なりに昇華していたんじゃないでしょうか。だから僕は、画に映っている通り、彼の後ろ姿しか見ていないんです。完成品で初めて彼の正面を見て、ああいうお芝居だったんだなと知りました。でもその後ろ姿だけでもまとっているものが痛いほどこちらに伝わってきた。金子くんもそうなんですが、心でお芝居をする俳優さんでしたね。お二人とご一緒していて、震えるような瞬間が何度もありました。違う血が流れているはずなのに、その瞬間は同じ血が流れている感覚になりました。今回の現場は、役者さんたち全員が何かを心に持って撮影現場に来られていました。

Q:皆さん、素晴らしかったです。

過去を背負った同級生役の今井美樹さん、隆史の奥さん役の真木よう子さん含めて、皆さんが心で演じる方たちでした。亡き級友の母役の木内みどりさんも本当に素晴らしかった。もっともっとご一緒したかった方ですが、残念ながらこの後に亡くなられて……。でも、僕とのシーンもそうですが、今井さんとのお芝居も、台本を超えた生きたシーンになさっていた。

Q:そういう現場だと、撮影の合間は和気あいあい、というわけにはいきませんね。

そうなんです。僕は現場でもよく写真を撮るのですが、今回はカメラを構えることができませんでした。あれだけ豪華な皆さんとご一緒したのに、今思うと非常にもったいないことをしたなと(笑)。ただ、クランクインしてすぐに、一回だけ各部署のアシスタントの方が集まった助手会に呼んでいただけて、皆さんの思いが聞けました。映画を作る仲間として声を掛けてくれたと思うので、とても嬉しかったです。

Q:ヴィム・ヴェンダース監督が「深く心を動かされた」とおっしゃっていますが、どうして今作はそこまでの作品になったと思いますか?

たぶん、演者もスタッフもみんな、現場で一切妥協がなかったからではないでしょうか。それぞれが持ち寄った何かを遠慮なくぶつけ合ったことの化学反応だと思います。監督は現場で、何度も演者の芝居を見て泣いていらっしゃいました。

映画に裏切られたことがない

永瀬正敏

Q:永瀬さんは映画を中心に活動されていますが、特別な思い入れがあるのでしょうか。

今は、舞台やドラマ、配信、映画だと分ける時代ではないと思っています。ただ、僕を生んでいただいたのが映画の現場だったという意味では大きなものではあります。僕は、映画に裏切られたことがないんです。

Q:それは具体的にどういうことでしょう?

スクリーンで作品を鑑賞すると、必ず何かしらが自分の中に残っているんです。僕がこれまで観させていただいた作品は全てそうでした。演じる側としても同じで、ドキュメンタリー映画以外は架空の物語ですが、そこにもう一つ嘘を乗せてしまうとお客さんには必ずばれる。逆に言えば、撮影中に100%以上の力で役柄として人生を生きれば、お客さんにはわかってもらえるんです。もしかしたらたった一人かもしれないですけどね。自分の心の濃度が1本やるごとに濃くなっていく気がして、どんどん自分の中に蓄積していく。前に進める、信じて生きていくことができる。だから裏切られたことがないんです。それが死ぬまで続けばいいですね。

海外の映画人たちの思い

永瀬正敏

Q:コロナ禍の今を、エンターテインメントを発信する側として、どういうふうに感じていますか?

僕はエンターテインメントも信じているので、絶対に失われないし、失わせてはいけないと思っています。ですが、それはどの職業の方も同じではないでしょうか。世界中の全ての方がご苦労している。僕らができることは、コロナに打ち勝った後に何を残すか、が大事だと思う。「コロナだったから撮影が窮屈だった」というような逃げ口上なしで、精いっぱい良い作品を作ることにまい進していかないといけないですよね。

Q:オンラインで作品を作る方もいらっしゃいます。

そう、作り手は皆「何かをしなきゃ」という思いを持っていますから、それを凝縮して作品を作っていけたらいいですね。昨年、最初に緊急事態宣言が発令されたときに、海外の知り合いの映画人たちがたくさん連絡をくれたんですよ。嬉しかったなあ。自分たちの方が大変な人もいたのに「またあなたと作品を作ることを願っている、必ず実現させましょう」って……何だか恥ずかしいけど涙が出ましたね。国を超えて、地球規模で、みんなで頑張っていこうという思いがひしひしを伝わってきて力をもらえた。そんな方々と、また仕事をできる日が早く来ることを願っています。


永瀬正敏

真摯に、丁寧に言葉を発する永瀬。「世界で活躍する映画俳優」「巨匠監督から絶賛される演技派」「写真家でもあるアーティスト」といったちょっぴり近寄りがたい肩書は、そのイメージごと見事に覆された。穏やかでぬくもりのある態度と、魂のこもった言葉に、世界で愛されるのは当然と思わされるばかり。縦横無尽な活躍を、これからもしっかりと見届けたい。

映画『名も無い日』は6月11日より全国公開

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