『草の響き』東出昌大 単独インタビュー
感情むき出しに意見をぶつけた
取材・文:磯部正和 写真:映美
これまで数々の小説が映画化された作家・佐藤泰志の没後30年の節目に製作された映画『草の響き』。佐藤の短編小説を基に作られた本作で、心に失調をきたして妻と二人で故郷・函館に戻って来た主人公・和雄を演じたのが俳優の東出昌大だ。メガホンをとった斎藤久志監督から「共犯関係になりたい」と声を掛けられたという東出が「バチバチに意見をぶつけ合った」という、熱を帯びた撮影現場を振り返った。
プレッシャーよりはいい映画にしたいという思い
Q:佐藤泰志さんの小説「草の響き」の映画化ですが、脚本を読んだときの印象はいかがでしたか?
原作からいろいろなシークエンスや事象が増えていますが、なぜこうしたんだろうという疑問を抱くことすらなく、非常に映画的魅力があふれる脚本だなと感じました。斎藤監督からのちにお話をうかがったのですが、実際の佐藤泰志さんの人生を投影させた脚本になっていることと、脚本を書かれたのが監督の奥様なのですが、ご夫婦でいままで経験されたことを、リアリティーを交えて落とし込んだとおっしゃっていて、なるほどな……と腑に落ちるところが多かったです。
Q:非常に難しい役柄のように感じましたが、オファーを受けてから、出演するまでどんな思いだったのでしょうか?
準備稿をいただき「どうですか?」とお声がけいただきました。もともと原作「草の響き」は持っていたのですが、かなり前に読んだものだったので、改めて読み返して、小説と脚本の差異に違和感もなく、二つ返事で「やります」と言ったように記憶しています。
Q:これまで佐藤さんの小説は、『海炭市叙景』『オーバー・フェンス』など4作が映画化され、どの作品も高い評価を受けています。5作目となることへのプレッシャーみたいなものはありましたか?
斎藤監督は、これまでの佐藤さんの小説が原作の函館4部作の話もよくされていました。それがあるゆえのプレッシャーはご自身のなかにはあったと思います。僕自身もプレッシャーがなかったとは言えませんが、どちらかというと出演させていただくからには、いい映画になるように尽力したいという気持ちの方が強かったです。
自律神経失調症の主人公へのアプローチ方法
Q:東出さんが演じた和雄は、心が疲弊し周囲が見えていないような男性でした。どんな準備で作品に臨んだのでしょうか?
佐藤さんがこの小説を書かれた当時、自律神経失調症という診断をされていたといいます。知り合いの臨床心理士の方に話を聞くと、いまでいう双極性障害や、パニック障害のような症状だったようなので、そういう患者さんの特徴である肩に力が入った感じや、急に発汗したり泣き出したりという仕草を意識して、ちょっとずつ和雄という人間に肉付けしていきました。
Q:目の焦点が合わず一心不乱に走る姿は、頬もこけ、悲愴感が漂っていました。
特別意識したわけではないですが、撮影時期は自然と食が細くなっていたように思います。マネージャーさんが函館に来たとき「なんか痩せているけれど大丈夫?」って言われたことを覚えています。
Q:自然に……というのは、和雄として生きていたから、食が細くなったということでしょうか?
和雄と僕自身がどこまでシンクロしたかはわかりませんが、そういう部分はあったと思います。あとは僕も斎藤監督もかなり作品に対する思いが強く、結構バチバチとやり合っていたので、その意味でも食欲の増す現場でもなかったということはあると思います。
映画を中心に置いて、監督とぶつかり合った日々
Q:バチバチとやり合ったということですが、斎藤監督は、俳優さんの意見や考えに耳を傾けてくれる方だったのでしょうか?
最初に斎藤監督とお会いしたとき「東出と共犯関係になりたいから、思うことをちゃんと言ってくれ」とおっしゃったんです。そこで好きな映画の話などをして、お互いの嗜好(しこう)などを共有していきました。
Q:具体的にどんな感じで意見をぶつけ合っていったのですか?
例えば、映画は監督のものなので、普通なら役者が絶対言ってはいけないことなのですが、カット割りのことを話してみたり……。あとは、室井滋さんが演じた精神科医の先生とのシーンでも、一回演じたあと、斎藤監督から「東出は俺のこと信用していないだろう」って言われて。結局はOKが出たのですが、感情的になって「お芝居において全部を信じることはなかなか難しいかもしれませんが、僕は映画を思っています。その気持ちだけは嘘がありません」って感情をむき出しにしてしまったこともありました。
Q:映画を思う人同士のぶつかり合いですね。
いい年をしたおっさん同士が、映画というものを中心に置いて、グチグチ言いながらも高い熱量でやっていましたね(笑)。こんな経験はなかなかできないと思います。
佐藤さんに届く作品になればと臨んだ現場
Q:妻・純子役の奈緒さんや、友人・佐久間役の大東駿介さんとのお芝居はいかがでしたか?
高校生パートを撮っているとき、和雄が住んでいる家が空いていたので、大東くんと奈緒さん、犬のニコと3人と1匹でリハーサルをやったりしました。大東くんは映画『37セカンズ』で演じた介護福祉士の俊哉のような役を監督から期待されていたそうなのですが、まさに彼が持つ包容力みたいなものを感じました。奈緒さんはお芝居をしていて、すごく素直で強い方だなと。地方でこうして自発的に時間が取れたことは、非常にありがたかったです。皆さん、シーンを繰り返すことをいとわない方たちだったので、何度も繰り返していくうちに信頼関係が深まっていったと思います。
Q:劇中の和雄の悲愴感は、まるでドキュメンタリーのような、いい意味で怖くなるような病み具合でした。
そう言っていただけるのは喜ばしいことなのですが、そのサジ加減は、逐一監督と相談しながらやっていました。ただ斎藤監督は、そこで起きたことを定点カメラが偶然にも切り取っているという考え方の人なので、その意味では、あくまでドキュメンタリー的なリアリティーを求める方でした。例えば、劇中にあるメロンを出すくだりは、早く画に入るために、切ったメロンを用意するなんてことは絶対せず、必ずメロンを切らせるところから入れるような監督でした。
Q:東出さんにとっては『寝ても覚めても』以来、3年ぶりの主演映画となりましたが、本作との出会いで、俳優としてどんなことを得られましたか?
先ほども話しましたが、斎藤監督が「共犯関係になろう」とおっしゃってくれたことは、とてもありがたく、貴重な経験ができました。出来上がった作品を観て、本当に説明が少ない映画だなと。それはある意味で、お客さんを信じているからできることなので、この映画が、どういう形で観てくれた人に届き、花開くかというのは、怖さがある分、楽しみです。
Q:東出さんは、この作品にどんな思いを込めましたか?
恐れ多いのですが、和雄を演じながら佐藤さんに届く作品になればいいなと思っていました。佐藤さんがこの作品を書かれていたときの感覚が、肯定できるような和雄になればと撮影に臨みました。それは妻の純子にも言えることで、その意味では娯楽として楽しんでいただければ幸いです。
斎藤久志監督と、時にはぶつかり、時には手を取り合い、まさに“共犯”として作品に挑んだ東出昌大。ネタバレになるので、詳細は書くことができなかったが、シーンごとに監督とのやり取りを事細かに話す姿には、映画作りへの敬意や愛があふれていた。本文にも記したが、斎藤監督に発した「僕は映画を思っています。その気持ちだけは嘘がありません」という言葉が、東出の俳優としての原動力になっているように感じられた。
映画『草の響き』は10月8日より全国順次公開