『神在月のこども』蒔田彩珠 単独インタビュー
主人公と一緒に不安を乗り越えた
取材・文:坂田正樹 写真:高野広美
映画『朝が来る』で身ごもってしまった少女の葛藤をリアルに演じ、連続テレビ小説「おかえりモネ」では主人公・百音に複雑な思いを抱く妹・未知の心情を繊細に表現。19歳ながら確かな演技力で人々の心を釘付けにする女優の蒔田彩珠が、今度は最新アニメ映画『神在月のこども』で念願の声優デビューを果たした。彼女が演じるのは、亡き母と再会できると信じ、東京から出雲を目指す12歳の少女カンナ。「声優に挑戦してみたかった」という蒔田が、主人公への思いとともに、初挑戦だったアフレコの現場を振り返った。
前を向くカンナの姿に気持ちがリンクした
Q:『神在月のこども』は神話をベースに主人公カンナの心の成長を真摯(しんし)に描いた作品です。蒔田さん自身はどんな思いを持って演じられましたか?
声のお仕事が初めてだったので、とても緊張していたんですが、カンナの前を向く姿というか、一度はあきらめたけれど、自分のために、誰かのために、「もう一度走ろう!」と再び立ち上がるその姿を観ながら、私もがんばって「やり遂げたい」という気持ちになりました。演じているうちにどんどん気持ちがリンクして「カンナががんばっているんだから、私もここで踏ん張らないと」みたいな……気付いたら、まるで親友みたいな関係になっていました。
Q:やはり実写と違って、慣れない声優のお仕事は大変でしたか?
アニメの現場自体が初めてで、しかも他のキャストの皆さんの声がすでに収録されていて、ずっと一人でスタジオにこもってやっていたので、心細いときもありましたね。1回でOKをいただいたセリフもまったくなくて、ひと言、ひと言、何回もテイクを重ねたので、「本当にこれで大丈夫なのかな?」と不安になったこともありましたが、それを救ってくれたのがカンナでした。苦しみを乗り越えて、再び前を向くシーンが、演じている私の気持ちも奮い立たせてくれたんです。
走る息づかいに気持ちを乗せる
Q:実際に声だけで演じてみて、どんなところが難しかったですか?
カンナは小学生だけれど、ほかの子と比べてちょっと大人びているところがあるんですよね。とても優しい子なので、お父さんや友だちに心配かけないように一見明るく振る舞ってはいるけれど、心の奥には亡くなったお母さんに対しての思いやいろんな葛藤を抱えている。ただ明るいだけじゃないという、そこの表現がとても難しかったです。
Q:“韋駄天”がモチーフになっていて、カンナは「駆けっこが大好きな女の子」という設定なので、走るシーンがとにかく多かったですよね。
走っているときの息づかい自体もそうですが、そこに気持ちを乗せるのがすごく難しかったですね。冒頭では、(昔のトラウマから)走れないことに対するプレッシャーにカンナが追い詰められるシーンが多くて苦しかったんですが、白兎のシロ(坂本真綾)や鬼の子孫・夜叉(入野自由)と一緒に旅をするうちに、「走ることが楽しい!」って思い始めてからは、演じているこちら側も楽しく走れた感じでした。
Q:一番手応えを感じたシーン、もしくは印象に残っているシーンはどこですか?
カンナが「もう走る意味はない」と挫けてしまうところです。お母さんを亡くしてから自分一人で背負ってきたいろんなことがそこでもうプツッと切れてしまうんです。でも、次の一歩を踏み出すために必要なとても大事なシーンだと思ったので、一番思いを込めて演じました。
自分の“好き”を信じることの大切さ
Q:声優初挑戦でどんなことを学びましたか?
実写のお芝居だと、ほかの役者さんが演じる役と対峙しながら、自分の役がどんどん成長していくっていう感覚があるのですが、特に今回の場合、すでに共演者の収録が終わっていたこともあって、「自分自身がどう演じるか」でカンナが変わってくると思ったんです。より真摯に役と向き合おうと思いました。
Q:本作と出会って、仕事に取り組む姿勢を改めて見直せたところもあったとか?
劇中のセリフそのままなんですが、「自分の“好き”を信じたい」という言葉が響きました。どんどんいろんな役をやって、経験を重ねていくと、「お芝居はお仕事」っていう意識になっていくような気がするんです。もちろんお仕事ではあるけれど、その先に「自分が好きだからお芝居をやっている」っていう気持ちを忘れたくないなと思いました。
Q:声優は小さいころからの夢でもあったんですよね?
小学校の頃からジブリのアニメが大好きで、いつかは「声優をやってみたい」と思っていたので、今回、チャンスをいただいて、すごくうれしかったです。完成作品を観たときは、自分の声を聞いているだけで少し恥ずかしかったんですが、中盤から慣れてきて、後半は物語に集中できてずっとウルウルしながら観ていました(笑)。今回の経験を踏まえて、また何か違う役で挑戦してみたいなと思います。
Q:ちなみに蒔田さんは夜叉がタイプだとか……。
夜叉のちょっと強めの感じがタイプなんです。でも、シロみたいに優しくて甘やかしてくれるのもいいですね。だから、夜叉とシロを足して2で割った感じがベストです(笑)。
作品を重ねるごとに成長できている
Q:長丁場の朝ドラも経験され、本作では声優にも初挑戦し、女優としてさらに成長できたと実感できるところはありますか?
最近、演じる役の幅も、お芝居の表現の幅もすごく広がったなっていう実感はあります。今までは複雑で暗い役が多かったのが、少しずつ明るい等身大の女の子の役も増えてきて、毎日、苦戦しつつも挑戦の日々という感じです。「おかえりモネ」の未知役も、今回のカンナ役もそうですが、心の奥に苦悩や葛藤を抱えながらも、最後は前を向いてがんばろうとする姿にすごく共感できたので、演じていて本当に楽しかったです。そろそろキラキラした王道の青春映画にも挑戦できるかもしれません(笑)。
Q:いろいろな現場を経験することが成長させてくれているところもありますよね。
そうですね。やっぱり、現場ごとに身についたスキルみたいなものがあるので、作品を重ねるたびに成長していけるのかなと思います。ただ、自分自身の中身というか、芯の部分が変わることはありません。先ほども言いましたが、「自分が好きだからお芝居をやっている」という意識だけは変わらず持ち続け、これからもどんどんいろんな役に挑戦していきたいなと思っています。
Q:以前、『朝が来る』で取材させていただいた際、「役に対して“雑”にならない」ことをご自身の戒めとして挙げていましたが、そこも変わっていないのですね?
むしろ、その意識が強くなっていると思います。『朝が来る』のときは、河瀬(直美)監督に嘘のお芝居がまったく通じなかったので、役に対する気持ちとか、向き合い方とかをもっともっと大切にしなければ、と痛感させられました。でも、その意識の変化が、今の私の支えになっていると思います。
1年前のインタビューでは、思ったこと、体験したことを素直に語る元気な女の子、というイメージだったが、今回は、頭の中で思いを整理し、言葉を選び、そして大人のコメントで声優初挑戦の思いを熱く語った。あれからいろいろな作品、監督、俳優と出会い、さらに成長した姿に目を細めつつ、日々更新されていく女優としての可能性に期待が膨らむばかり。さて次は、どんな蒔田彩珠を見せてくれるのだろうか。
©2021 映画「神在月のこども」製作御縁会
映画『神在月のこども』は10月8日より全国公開