『スプリット』ジェームズ・マカヴォイ&M・ナイト・シャマラン監督 単独インタビュー
3人の女子高校生を拉致・監禁した男は、23の人格を持つ解離性同一性障害者だった……。『X-MEN』シリーズのようなヒーロー映画から『つぐない』のような文芸作品まで幅広く活躍するジェームズ・マカヴォイと、『シックス・センス』などの鬼才M・ナイト・シャマランが作り上げたのは、そんな衝撃的なスリラー作品。初タッグながらすっかり気心の知れた様子の二人が来日し、ガブガブ日本茶を飲みながらマシンガントークを繰り広げた。(取材・文:編集部・市川遥 写真:日吉永遠)
※※前半はネタバレなし、後半はネタバレありです。後半に入る前に再度お知らせします。
百万通りのやり方!マカヴォイのすごさはココ
Q:一緒に仕事をしてみてどうでしたか?
ジェームズ・マカヴォイ(以下、マカヴォイ):とてもスウィートだったよ、実際ね! うまくいかないと思っていたわけじゃないんだけど、(※シャマラン監督の方を見て)毎日撮影現場に来て、君と仕事をするのを楽しんだ(笑)。素晴らしい仕事をしていて、いい脚本だったからというのもあるけど、完璧なコラボレーションができる瞬間が楽しかったんだ。彼が完全に仕切っていて、彼が欲しいものを細かく決めてくる時でも楽しかった。なぜならナイト(シャマラン監督)を信頼するのはすごく簡単だったから。素晴らしいコラボレーションに必ずしも信頼は必要じゃないんだ。必要に迫られてやることもある(笑)。でもナイトは何が欲しいかを明確に理解していて、そういう人との仕事では、俳優は想像していたよりずっと遠くまで行くことができるんだと思う。
M・ナイト・シャマラン監督(以下、シャマラン監督):そうだね。なぜうまくいったのかと考えていたんだけど、芸術性とエンタメ性に関する彼の価値観は僕のものと同じだからだと思う。もし偉大なアーティストだったら、誰かを楽しませることを軽視したりする。もし偉大なエンターテイナーだったら、役をあまり深く掘り下げなかったりする。かつて一緒に仕事をしたことのある俳優で、最も有名なエンターテイナーの一人のことを思い浮かべているんだけど、撮影中の彼には芸術性の部分を体現してほしいと伝えなくてはいけなかった。「今の君の“怒り”の選択はよかったけど、キャラクターの選択ではないな。君は“彼の怒り”の選択をするんだ」とね。これはあまり芸術的なことをやってこなかったエンターテイナーの例だ。だけど彼(マカヴォイ)はそのどちらも本当にうまくやってきた。で、彼が言っていたのは、(自身との仕事は)「とても制限されているけど、その中に自由があると思う」ということ。
マカヴォイ:ああ。
シャマラン監督:つまり「この椅子に座らなくてはいけない」「こう言わなくてはいけない」という制限があるけど、そこには百万通りのやり方があるということなんだ。だからドクターとのセラピーシーンは僕のお気に入りだよ。彼はただ座っているんだけど、僕が考えもしなかったようなことをたくさん見せてくれた。それこそ即興の力で、「オーマイゴッド! どうしてそんなことを思い付いたんだ!」と思ったよ。それでもう、他の人が他のやり方でやることなんて想像できなくなる。例えばバリーのふりをしているデニス(どちらもマカヴォイ演じるケビンの別人格)が「あなたは〇〇でしょ?」と言うドクターをからかっているシーンとか、それがセリフなしのリアクションで伝わってくる。彼はもう一つの脚本を作ったと言ってもいい。脚本にあるのは「椅子に座っていて」「ここにいて」といったことだけど、彼は素晴らしくクリエイティブで鮮やかな方法でそのやり方を思い付き、キャラクターに命を吹き込んでくれる。だからとてもいい関係だった。彼はそうしたことを怖がらず、刺激的だと思ってくれたからね。
一番難しかったシーンでイラついて骨折!
Q:後半、4分ほどの短時間で8人の人格に次々と切り替わっていくような素晴らしいシーンがありますよね。どのようにアプローチしたんですか?
マカヴォイ:すごくまずいアプローチだったんだ。最初はね。二度やったんだけど……。
Q:二度だけですか?
マカヴォイ:再撮影したという意味ね。撮影の数か月後にもう一度やったんだ。最初のは“ひどい”というわけではなかったんだけど、バシッとはハマらなかった。思うに、頭の中でいろいろ考えすぎていた。これは僕が今までやらなくてはいけなかったことの中で、一番難しいことだって自分で自分に思い込ませていたんだよね(笑)。だからそうなってしまった。神経がとても張り詰めていて、イライラしていた。これまでのキャリアを経て気付いたのは、それはいい方法ではないということ……。たとえイライラして怒っているようなシーンに身を置かないといけないとしても、とにかく自分とは距離を置くべきだって。そのリアクションを実際に使う前にはね。自分が自然に穏やかでいられる基になるようなものを、持っておくべきだって。シーンに身を任せるんだ。もちろん「アクション」と同時にバーン! と出さないといけない時はちょっと違うけど。でもシーンに、その世界に身を委ねた方がいい。素材を信じてね。素材が素晴らしければ、(役として行くべき点へ)連れて行ってくれるさ。最初はそうできなかったから、うまくいかなかったわけ。手の骨を折っちゃったよ。自分自身にすごくイラついていたから。
Q:本当に?
マカヴォイ:ああ! 完璧に折れたよ。
シャマラン監督:彼は撮影最終日に折ったんだよ。
マカヴォイ:(笑)。それで……とにかく2か月後に再撮影で戻って来た。半日取れるようにナイトがうまく調整してくれて。それでやったんだ。今回は心配していなかった。撮影前に自分のセリフをちょっとだけ見直して、それだけ。それでただセットに居た(笑)、いつもそうするようにね。それで随分よくなったよ。だからアプローチ法としては、僕と一緒にキャラクターたちに息をさせたんだ。もちろん技術的なこともあった。2人の人格が入れ替わるというのではなく、それが8人ともなると、それぞれのキャラクターの定義が曖昧になってしまう。明確な違いが少し曖昧になって、互いに溶け合うような感じになる。そうならないことが重要だった。だから、自由に、オープンであろうと心掛けながら、とても技術的な面にも対応しなくてはいけなかった。テイクを重ねたけど、「ああ~。3人しかわからないよ」みたいなのもたくさんあったよ(笑)。だけどこんなトリッキーな仕事は素晴らしい。楽しい挑戦、楽しい苦役……何かを成し遂げたと家に帰った時に満足できるようなね。
シャマラン監督:面白いのは、『イブの三つの顔』(1957)という多重人格の映画を観ると、人格の入れ替わりは全てカメラの前で行われているんだ。僕はそれとは反対のことをした。第三幕のあのシーンになるまで、彼がカメラの前で入れ替わるところを見せないようにした。影や角に行かせて、違った人格で戻ってくるという形にしてね。そしてあのシーンで観客は、それまで何度も何度も繰り返されてきた、それぞれの人格が表に出ようと争っているところをようやく見ることになる。一気に加速するわけだ。観客はその準備ができていないだろうから、ショッキングで素晴らしいものになるんだと思うよ。
※※以下ネタバレあり。ぜひ鑑賞後に読んでください。
受け入れられなかったダークなユーモア
Q:ブルース・ウィリスが絶対に傷つかない男ダンを演じたスリラー/ヒーロー映画『アンブレイカブル』(2000)の脚本にはもともと、今回の多重人格者ケビンが含まれていたんですよね?
シャマラン監督:アウトラインには入っていたね。イエスだ。
Q:それ以来、彼はずっと頭の中にあったのですか?
シャマラン監督:そうなんだ。ノートには長年、彼のためのシーンをたくさん書き留めていたよ。あの映画のダークさとユーモアのコンビネーションというのは、2000年の時にはふさわしくなかったんだと思う。少なくともみんなはそう思っていた。2000年、2001年、2002年、そして2003年頃からストーリーテリングのトーンが変わり始めた。ジャック・スパロウ(『パイレーツ・オブ・カリビアン』)やトニー・スターク(『アイアンマン』)が出てきて、ヒース・レジャーのジョーカー(『ダークナイト』)も。今では映画にダークなユーモアが含まれるというのは普通のことになった。僕はそういう居心地の悪い笑いでクスクスしちゃうんだよね。例を挙げるよ。(※マカヴォイに向かって)この話したっけ? ゴールデン・グローブ賞の人たちに向けて『アンブレイカブル』を上映した時のこと。
マカヴォイ:いいや?
シャマラン監督:会見があったんだけど、賛否両論だったんだ。一人の年配の男性に「映画がうまくいっていないことに気付きませんでしたか? 銃のシーンで人々が笑っていましたよ」と言われたよ。幼い少年が彼の父親(ブルース)を銃で撃とうとしているシーンだ。絶対に傷つかないと証明するためにね。母親と父親は「やめて! やめて! 死んでしまう!」と焦るけど、少年は「嫌だ! 証明するんだ! 証明するんだ!」って。で、父親が突然怒って「ああ、おまえは正しい。銃弾は跳ね返るだろうよ。だが引き金を引いたら本気で怒るぞ。外出禁止にするぞ!」、少年は「何で外出禁止にするの!」、父親は「銃に触るなと言っただろ! 撃ったら本当に怒るからな! すぐに銃を置け! 今すぐ置け!」って。それで銃を置いたら父親は弾を抜き、3人は床にへたり込んで、シーンの最後に少年が「怒鳴ることなかったのに……」と言うという。
マカヴォイ:フフ(笑)。
シャマラン監督:それでみんな笑ったんだ。で「映画がうまくいっていないことに気付きませんでしたか?」と言われたから、「え、面白いシーンじゃないですか?」と答えたらこんな顔(※苦虫を噛み潰したような顔)をしていたよ。
マカヴォイ:ノー。本当に?
シャマラン監督:アハハハハハ! 彼らはまだそうしたものに準備できていなかったんだ。どう感じていいのかわからない、笑ってしまったけどきっと間違っているんだろう、というようなね。『スプリット』は完全にそんな映画だよ。今はこうしたトーンに準備ができているように感じる。彼(マカヴォイ)はそれがすごくうまいんだ。
マカヴォイ:『スプリット』はその点でとてもエッジーだね。僕が、ナイトがとてもうまくやったと思うのは、映画の最初の10~15分で観客に「もしそうしたくないならする必要はないけど、笑ってもOKだよ」と教えたこと。それってとても難しいことなんだけど、笑ってもいい時と悪い時を自分で決めてみてって。僕たちもちょっと手伝うけど、それと同時にわざと違う方に導いてもいたり(笑)。ここは笑ってOKだと思わせられたところで、(※急に真面目な顔で目を見開き、大きな声で)「いえ、ここは違います!」みたいな(笑)。
シャマラン監督:ハハハ!
マカヴォイ:これは本当にクールだよね(笑)。僕は観客の一人としてそういう経験がすごく好きだよ。
『アンブレイカブル』と同じ世界の話だなんて知らなかった!
Q:最初に脚本を読んだ時に『アンブレイカブル』と同じ世界の話だということに気付いたんですか?
マカヴォイ:それなんだけど、最初に読んだ時は気付かなかったんだよね。
シャマラン監督:え、本当に!?
マカヴォイ:うん、気付かなかった。なぜなら、僕は普通、脚本で長い“シーン描写”のパートに来たら……。
シャマラン監督:読み飛ばすんだ?
マカヴォイ:そう、飛ばすんだよね。特に最初に読む時は。それは演劇みたいに読みたいからなんだ。演劇の脚本には普通、シーン描写はないから。助けにならないんだよ。(※シャマラン監督を見て)君の映画では違うけど、シーン描写というのはしばしばセリフがあった後に、半ページくらい(※かしこまった口調で)「今や、われわれは彼が完璧に圧倒されたのを知る。なんだかんだ、なんだかんだ~」とかって書いてある。
シャマラン監督:ハハハハハ!
マカヴォイ:彼が完璧に圧倒されたのなんか、セリフで読み取れよと。「彼は~の古い紫のブーツで部屋に入る。館の長い廊下を横切り~」とか何なのそれ? って。ダイアログみたいに全部書き留めたの? って。
シャマラン監督:ハハハ! それすごくおかしい。
マカヴォイ:今回は最後のページだったから飛ばしちゃったんだと思う。それでリハーサルを始めて初めて気付いて、(※裏返った声で)「僕たちコレをやるの!? こんな話してなかったよね!?」(笑)。「そうだよ。コレをやるんだよ!」って言われて、「オー……ライ!」って感じだった。そもそもダイナーのシーンの詳細は脚本には書かれていなかったんだ。
シャマラン監督:そう。ダイナーのシーンは書いていたけど、もっと微妙な感じだったね。新聞でほのめかすくらい。誰かが興奮してしゃべってしまうことを恐れて、ブルースのことは書かなかったんだよ。彼を呼んで、撮影監督にだけ話す感じで(笑)。
マカヴォイ:僕がこの映画で好きなのは、ダイナーのシーンがなくても物語が成立しているところだよ。それだけの経験としてね。
シャマラン監督:ところで、最後の最後まであのシーンは入れてなかったんだよ。映画を完成させて、ダイナーのシーンを最後に追加した。映画祭で一般にお披露目するまで、完成版は誰にも見せなかったんだ。彼が言うように、僕たちは本作だけで成立する映画を作ったんだ。
マカヴォイ:僕は『アンブレイカブル』のことに気付かず出演を決めたから、このことはボーナスみたいなもの(笑)。リハーサル3日目とかで「マジかよ……!」と仰天したのを覚えている。「もっといいことがあったのか!」って(笑)。
シャマラン監督:ハハハハハ!
【取材後記】
話し出すと止まらない二人。気さくなスコットランド英語で身を乗り出し熱く語っていたかと思えば、「窓に付いてる赤い三角形って何なの? この街にはいっぱいあるから気になってて」(非常用進入口のマーク)と好奇心旺盛、そしてシャマラン監督の湯飲みにせっせとお茶を注ぐのも忘れないマカヴォイと、そんな彼の打ち明け話に大笑いしつつ、『アンブレイカブル』のワンシーンをハイテンションで再現し、「この前来日した時に聞いたんだけど、お茶はこうやって回すんだよね?」(「このお茶は回さなくて大丈夫です」「このお茶は回さなくていいのか(笑)!」)と元気なシャマラン監督のエネルギーに圧倒された。掛け合わせて2倍にも3倍にもなる、二人の相性の良さは本作が証明している。
すでに『アンブレイカブル』と『スプリット』の続編にあたる『ガラス(原題) / Glass』(2019年1月18日全米公開)の製作も発表されており、マカヴォイ、ブルース・ウィリス、サミュエル・L・ジャクソンの三つ巴の戦いがどこへ行きつくのか、期待は高まるばかりだ。
映画『スプリット』は公開中