コーエン兄弟が共同クレジットの秘密を明かす!架空の人物がアカデミー賞を受賞したらとドキドキだった
映画『ノーカントリー』でアカデミー賞4部門を受賞したコーエン兄弟が、新作『ア・シリアス・メン』(原題)と過去の作品についてアップル・ストアで開かれたイベントで語った。同作は、アメリカ中西部で教授をするラリー・ゴプニック(マイケル・ステュールバーグ)は、ある日共に住み、なかなか家を出て行かない兄弟(リチャード・カインド)に愛想を尽かした妻から、離婚話を突き付けられる。映画は、人生のカオスに翻弄(ほんろう)され、徐々に狂っていく真面目な男を描いたブラック・コメディ作品に仕上がっている。
この映画の中心人物がミネソタ州の教授。コーエン兄弟もミネソタで育ち、実の父親は大学の教授である。そのため、ある批評家たちは、この映画をコーエン兄弟の最もパーソナルな映画と評していることについて、「脚本を書き出したときは、個人的な映画を製作しようと思ってはいなかったんだ。むしろ、この時代の設定に惹(ひ)かれて書き出し、それが、たまたま1967年に中西部の郊外に住むユダヤ人で、いつの間にか、僕らの子どもの時代と重複している形になっていただけなんだ。だから、この映画は、われわれの伝記や個人的な話ではないが、われわれが子ども時代に過ごした要素は含まれている」と弟のイーサンが答えた。
前作では、ブラッド・ピット、ジョージ・クルーニー、ティルダ・スウィントンなど有名俳優を出演させたが、今回登場する俳優は、ニューヨークの舞台に詳しい人しか知らない人たちばかり。
マイケル・ステュールバーグを主演にしたことについてイーサンが、「決して、有名俳優が嫌いになったわけじゃない(笑)。一方でジョエルは「今回は、意図的に、映画を普段観ている人たちにとって、あまり親しみのない俳優たちを選択したんだ。まったく知らない方が、この映画のストーリーに観客がついていけるとも思ったんだ。より演技に特徴がある方が、信憑性のある作品につながるからでもあるんだ」と述べた。
印象に残ったシーンで、耳から毛がはみ出しているカットがあるが、あのようなアイデアは、最初から脚本に書かれていたかについては、「この映画には、毛深いユダヤ人が沢山出演しているからね。(映画は1967年の設定で、子どもがトランジスタラジオを聞いているシーンや、医者が診察しているシーンで耳のクロースアップがあり、あれは前もって意図的に笑わせるために、脚本を書いている時点で、思い浮かんだアイデアなんだ。だから、ほとんどは撮影前に頭の中ですでにデザインしたものばかりなんだ」と計算済みのアイデアを使用することが多いと明かした。
この映画で、ある意味キャラクター的な存在として使われるジェファーソン・エアプレインの「Somebody to Love」の選考について「脚本を書く前に、最初から使おうと思っていた曲なんだ。そして、脚本を執筆していくうちに、さらに重要な曲になっていった。あの曲は、60年代の雰囲気を見事につかんだ曲で、われわれ皆に馴染みがある。だから、この映画では大きな役割を持っているんだ」と語る通り、鑑賞後もこの曲が耳を離れなくなる。
また、コーエン兄弟の過去の作品について、最初の10作品くらいは、ジョエルが監督、イーサンがプロデューサーとしてクレジットされているが、『レディ・キラーズ』から共同監督でクレジットされているこのからくりについても明かしてくれた。「この僕らのクレジットの由来は、僕らが勝手に思い込みをしていた間違った知識によるものから生まれたものなんだ。それは、処女作『ブラッド・シンプル』。あの映画は、大きな配給会社を抜きにした完全なる独立映画で、自ら予算を出したために、自由に製作できたんだ。だから、その後も自分たちの作りたい映画を制作し、その権限を保護するためには、兄弟が監督とプロデューサーとしてわかれる必要があると、僕らで勝手な思い込みをしたのが、このクレジットの始まりだったんだ。ただ、ある程度映画を製作していくうちに、徐々にその必要性がなくなったために、今では共同監督としてクレジットすることになった」とほぼ最初から、兄弟で共同製作をしてきただけに、今さらという感じもするが、あくまで個性的な作品を製作する彼ららしい発言だった。
また、彼らは、ロデリック・ジェインズという変名を使い編集作業を行っているが、このロデリック・ジェインズが、前作『ノーカントリー』でアカデミー賞にノミネートされてしまった。もし、ロデリック・ジェインズが受賞したら、どうするつもりだったのか「アカデミー賞のスタッフにも『どうするんですか』と聞かれたが、どうやって、彼らとの会話を終えたか覚えていない。ジョエル、覚えているか?」と語るイーサンだが、ジョエルは「映画『ファーゴ』でも、そのロデリックがノミネートされていて、アカデミーのスタッフに同じ質問されたが、そのときは誰か僕らの知り合いに、代役をしてもらうよう伝えたが、アカデミー側から断られた記憶がある。今回は、もし受賞したら、僕らが壇上に挙って「彼は居ないよ!」と言って賞を受け取るつもりでいた(笑)」と話してくれた。
世界的に知名度のある映画監督になっても、あくまで個性的な映画を製作し続ける彼ら。今後の作品も楽しみだ。(取材・文:細木信宏 Nobuhiro Hosoki)