『「闇」へ』でオスカーを受賞したアレックス・ギブニー監督、外野手の捕球を妨害して人生が変わってしまった男を描く-トライベッカ映画祭-
映画『エンロン 巨大企業はいかにして崩壊したのか?』や『「闇」へ』などの秀作を残してきたアレックス・ギブニー監督が、現在開かれているトライベッカ映画祭(The Tribeca Film Festival)で、新作『キャッチング・ヘル(原題) / Catching Hell』について語った。
同作は、2003年に大リーグのフロリダ・マーリンズとシカゴ・カブスがナショナルリーグのチャンピオンシップで戦ったその第6戦、ワールドシリーズまで後5つのアウトを取れば良かったシカゴ・カブス。ところが、次のプレイで3塁側のファウルグランドに飛んだボールを、当時のカブスでレフトを守っていたモイゼス・アルーが捕球する前に、ファンの一人、スティーヴ・バートマンが捕球を妨害してしまう。その後、カブスは逆転されて第6戦を落とし、さらにその流れを引き戻すことのできなかった第7戦でもカブスは負けてしまい、1945年以来のワールドシリーズの出場が夢となる。このバートマン事件を中心に、野球界で起きた「バンビーノの呪い」や「ビリー・ゴートの呪い」などにも深く追求し、そんな迷信を信じるファンの異常性と、一つの出来事で全く人生を変えられてしまったスティーヴ・バートマンに迫っていくドキュメンタリー作品。
このスティーヴ・バートマンが捕球を妨害してしまったのはまだ第6戦で、次に第7戦が残っていたにもかかわらず、なぜシカゴのファンはこれほどまでに、この事件を問題にするのか? ある意味、それは敗者のメンタリティではないのだろうか?アレックスは「ファンは、(第6戦を落とした後で)ナショナルリーグのチャンピオンシップで負けることを想定していたと思うんだ。それまでずっとファンは、シカゴ・カブスが負けてばかりで失望することに慣れていたからね。(ワールドシリーズに出場したのは1945年以来、ワールドシリーズで優勝したのは、なんと1908年以来だそうだ)それは、彼らファンにとっては、まるで古いスーツを着るくらいしっくりいっていたのかもしれない。実際に、妨害された外野手モイゼス・アルーでさえ、第6戦で負けた後、帰る飛行機のチケットを予約していたと語っているんだ。第6戦を落としたさいに、完全に流れは変わってしまったんだよ」と明かす。
この第6戦の後にシカゴ・サンタイムズ紙が、捕球を妨害したスティーヴ・バートマンの仕事や家を載せた記事を書いたが、その後に起こる危険性を無視して、そんな人権妨害な行為が行われたことについて「確かに君の言う通りだ。もしメディアが不適切であったとしたら、この事件がそうだと言えるかもしれない。あのときのスティーヴ・バートマンは、(ファンから)告発されていたようなものだ! スタジアムの観客全体が、彼を馬鹿野郎!と叫んでいたからね。もし、その後にファンの連中が彼を懲らしめようと思ったら、そのシカゴ・サンタイムズ紙を見ることで、彼の居場所が分かったわけだからね。あの記事を掲載した判断は完全に間違っていた……」。この掲載が、さらにスティーヴ・バートマンの人生を狂わせた。
もしスティーヴ・バートマンが、その後メディアとの間で一度でもインタビューを受けていたら、現在の状況が変わっていたのではないか?(ファンに恨まれ続け、仕事や現住所も変わった状態)「うん、変わっていたかもしれないね。それは人々(ファン)には、スティーヴの気持ちが(ある程度)理解できたかもしれないからだ。ただ、少し特別な感覚かもしれないが、彼があの事件の後で、もうカメラの前に出ないと決めた意思は、僕は尊敬に値するものだと思っている。でも、もし彼がインタビューをしていたら、人々(ファン)は彼を理解して忘れることができたかもしれない。逆に、彼が人々の前から姿を消してしまったため、余計に人々の関心を持つことになってしまったと思うんだ」とアレックスが述べたように、その後仕事と住所を変えたスティーヴは、アレックスによると記録に残るようなクレジットカードの使用もできない暮らしをしているらしい。
最後に映画はスティーヴ・バートマンだけでなく、1986年のワールドシリーズ第6戦で痛恨のトンネルエラーをした、当時レッドソックスの選手だったビル・バックナーのインタビューなども含まれていて、アレックス・ギブニーがひとりの野球ファンとして描いている視点も興味深い映画に仕上がっている。 (取材・文・細木信宏/Nobuhiro Hosoki)