『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』のジョン・キャメロン・ミッチェル監督、子どもを亡くした夫婦の苦悩描く『ラビット・ホール』製作秘話
ニコール・キッドマンとアーロン・エッカートがタッグを組んだ新作『ラビット・ホール』について、映画『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』や『ショートバス』で注目を集めた個性派のジョン・キャメロン・ミッチェル監督が語った。
ジョン・キャメロン・ミッチェル監督映画『ラビット・ホール』写真ギャラリー
同作は、自動車事故で幼い男の子を失った夫婦ベッカ(ニコール・キッドマン)とハウイー(アーロン・エッカート)は、カウンセリングを受けながら、二人の間に生じた溝を修復しようとするが、ベッカの深い悲しみは何事にも癒やされずにいた。だがある日、自動車事故を起こした青年と偶然に出会ったことで徐々に変化が生じ始めていくというドラマ作品。ピューリッツァー受賞したデヴィッド・リンゼイ=アベアーの戯曲を映画化している。ニコール・キッドマンは、本作でアカデミー賞の主演女優賞にノミネートされている。
この映画で興味深いのは、ニコール・キッドマン演じるベッカと、マイルズ・テラー演じる自動車事故を起こした青年ジェイソンとの関係にある。「そうなんだ。この関係が最も特別な関係で、ベッカの苦痛をもたらした原因となる青年ジェイソンが、唯一ベッカの安らぎになり、ジェイソンにとっても、ベッカとの出会いが犯した罪への贖罪的な方向へと導くことになる。彼ら二人の再会は避けられないもので、理にかなっているとも言えるんだ。それが、この映画で最もパワフルなシーンになっていき、さらにそうなってしまうのも、ベッカとハウイーの夫婦関係が、かなり(安らぐことのない)緊張感のある関係であるからなんだ」と語った。
さらにそんな重要な役を担うことになったマイルズ・テラーのキャスティングについては「ほとんどの監督たちは、オーディションしたテープを全部観ることはないが、僕はいつもオーディションのテープを全部観ていて、その中でもマイルズの引き付けられる目とリアルな演技に惹かれたんだよ」と答えた。ところが「あまり演技経験のなかったマイルズを、ハリウッド・スター(ニコールやアーロン)の前でしっかりと演技させるために、僕はマイルズとは撮影前から何度もあったり、撮影中はマイルズのシーンが無い日でも、彼にセットに来てもらっていたんだよ」と明かした。そんな新人マイルズは、映画『フットルース』のリメイク作品にも出演している注目の俳優だ。
この映画では子どもの死の影響を描いているが、ジョン監督自身も、弟を亡くした過去があったそうだ。「僕が14歳のときに、4歳の弟を心臓病で失っているんだ。だから、この『ラビット・ホール』の出来事が、僕個人にとってはとてもリアルなものなんだ。僕がこの映画にかかわった理由の一つには、この弟を失った感情を通して、自分の家族やあるいは家族を失った人たちへの“癒やし”となる作品にしたかったからでもあるんだよ」と過去に辛い経験をしたことを話し、さらにジョンの両親も、実際に弟の死で離婚しかけたことがあったそうだが、幸いにもジョンを含めた他の兄弟の存在が離婚を留まることになったそうだ。
ピューリッツァー受賞の戯曲作品を映画化するという挑戦について「近年は、それほど舞台作品が、ハリウッドに影響を及ぼしていないために、舞台が盛況だった頃に比べて、この戯曲の映画化もそれほど期待はされてはいなかったんだ……。そのため、それほどプレッシャーにならなかったよ。ただ、唯一僕らが懸念したのは、緊張感のある題材で、さらに(アメリカの)公開がクリスマス・シーズンだったことなんだ。なぜならクリスマス・シーズンは、あまり重たくなるような作品は観たくないが、僕らはオスカー・シーズンに向けて、あえて12月に公開することを決意したんだ。ただ、確かにこの映画はすごく緊張感があるが、映画を観終わった際に、心地良い気持ちで映画館を出てこれる映画になっていると思うよ。ニコールの話によると、一人っ子の子どもを失った夫婦のうち、80%は離婚するそうだが、この映画は残りの20%に属する作品で、失望したりはしないと思うんだ」と希望の持てる映画に仕上がっていることを教えてくれた。
最後にジョンは、現在チャンネルHBOで1980年代のニューヨークを舞台にしたテレビシリーズを企画していることを明かした。映画は、時々コミカルなシーンも含まれているが、原作のデヴィッド・リンゼイ=アベアーが、この映画の脚色も担当して、新たにコミカルな部分も付け加えていたからだそうだ。 (取材・文・細木信宏/Nobuhiro Hosoki)