『ブロークバック・マウンテン』がオスカーを取れないのはわかっていた、フォーカス・フィーチャーズの前CEOが明かす!
映画『いつか晴れた日に』『ブロークバック・マウンテン』を製作し、『グリーン・デスティニー』『ラスト、コーション』で脚本を担当、さらに配給会社フォーカス・フィーチャーズの前CEOでもあったジェームズ・シェイマスが自身の過去を振り返った。
映画『イン・ザ・ベッドルーム』『21グラム』のテッド・ホープと製作会社グッド・マシーンを設立し、軌道に乗せたことについてジェームズは「こんな質問に対して理にかない、人に理解され、反響のある答えはない」と前置きしつつ「あえてキャリアアドバイスするならば、仮に(芸術的な)作品を手掛けても、観客が入っても入らなくても気にしないのなら、短いキャリアの展望しかないということ。ただ逆に、できる限り興行を気にして、くだらない映画製作ばかりしても、おそらく短いキャリアになるだろう。テッドと僕は、映画製作について全く別の観点を持っている。彼は、なぜ、どのように製作するのかが全て明確で現実的だが、僕はそれらに興味がない。だから、むしろ良いパートナーで居られたんだ」と語る。
また脚本の仕事を選択する基準については「自分が好んだ作品を選択する場合と、機会を与えられて選択する場合がある。後者は何かクリエイティブなものが目の前にあり、それを利用するだけだ。監督も同じで、たまたま友人を介して知り合った人物が、素晴らしい監督だったこともある。でも、その素晴らしい監督と仕事ができても、他に同様の素晴らしい監督とは仕事ができなかったこともあった。だから、そういう選択は人生の一部として捉えている」と回答。脚本を執筆するようになったきっかけについては「芸術的大志を抱いていたわけではない。ニューヨークに来た時は予算がわずかしかなくて、ある脚本の映画化権を獲得したものの、その権利の期限が切れそうになり、僕が脚本を改稿したのが始まりだった」と明かした。
彼の手掛けた『ブロークバック・マウンテン』は、BAFTA、ゴールデン・グローブ賞を受賞したが、オスカーは取れなかった。「僕はオスカーの投票が終わった時点で、今作が最優秀作品賞を取れないのはわかっていた」というジェームズは、「投票が終わった朝に、会社の社員を集め、ビデオカンファレンスで宣伝に関わった社員に感謝し、彼らにオスカーの作品賞は取れないことを明かした。そして、オスカーの授賞式では、彼らに礼儀正しく、やさしく、受賞者を必ず称賛し、決してサポートの悪い人物にはならないようにと話したんだ」と当時を述懐していた。(取材・文・細木信宏/Nobuhiro Hosoki)