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<作品批評>『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』

第87回アカデミー賞

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『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』
『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』 - (C) 2014 BBP IMITATION, LLC

 今年のオスカーレースで、ワインスタイン・カンパニーが『ビッグ・アイズ』でなく、『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』をイチオシにした理由は明らかだ。とにかく、すべてにおいて「手堅い」からである。(文・くれい響)

 第二次世界大戦時、解読不能と言われたドイツ軍の暗号「エニグマ」の解読という極秘任務に就いた一人の天才数学者、アラン・チューリング。実在した彼の波乱の半生を描き、人工知能を意味する彼の論文をタイトルにした本作だが、暗号解読の任務に就いた天才数学者の半生といえば、『ビューティフル・マインド』でラッセル・クロウが演じたジョン・ナッシュを思い出すだろう。しかも、高機能自閉症でもあったチューリングの姿は、『レインマン』でダスティン・ホフマンが演じた主人公の姿にも重なる。そして、ナッシュが「ゲーム理論」を発見したように、チューリングも後のコンピューターの原型となるチューリング・マシンを開発。それにより、「エニグマ」解読に成功し、2年ほど早く終戦させたことに貢献するのだが、その事実は『シンドラーのリスト』にも繋がる知られざる英雄の物語といえるだろう。

『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』
主演男優賞にノミネートされたベネディクト・カンバーバッチ-(C) 2014 BBP IMITATION, LLC

 実話でありながら、ここまでオスカー受賞作の要素が盛り込まれた手堅さの中、チューリング役の白羽の矢が立ったのが、今をときめくベネディクト・カンバーバッチである。頭脳明晰だが、すべてが自分基準で、周囲をどこかバカにしている。マシン開発の予算が出なければ、チャーチル首相に手紙で直訴したと思えば、チームの仲間を突然解雇に追い込むなど、大胆な行動も日常茶飯事。よって親友は少ないという、孤高の天才キャラは「SHERLOCK(シャーロック)」に代表されるハマリ役だ。しかも、次第に明らかになる邦題にもある「秘密」も含め、あまりにタイプキャストゆえに、作品自体が完全に「ベネファン感謝祭」にも見えてしまう恐れもあり、ここが評価の分かれ目といえるかもしれない(また、コナン・ドイルの生涯を描いた小説「The Sherlockian」の作者、グレアム・ムーアが脚本という流れも、あまりに出来すぎ!)。

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 イギリスが生んだ天才であり、自身を理解してくれる唯一の女性とのメロドラマ要素という点では、今回『博士と彼女のセオリー』と被っており、しかもカンバーバッチは2004年のTVムービーで、ホーキング博士をライトに演じているだけに、エディ・レッドメインとの男優賞バトルは目が離せない。ただ、先のナッシュはノーベル経済学賞を、ホーキングも大英帝国勲章を生前に受賞しているが、後にその「秘密」ゆえに逮捕され、1954年には自殺したチューリングは死後に再評価されている点が大きく異なる。もちろん、男尊女卑な時代の中、チューリングに才能を見出され、解読チームに参加する自立したヒロインを演じるキーラ・ナイトレイや、逆に彼の才能を見出すMI6所属のスパイを演じるマーク・ストロングなど、カンバーバッチの周りを固める助演陣も手堅い演技を魅せてくれる。

ノルウェイ出身のモルテン・ティルドゥム監督
ノルウェイ出身のモルテン・ティルドゥム監督-Alberto E. Rodriguez / Getty Images for DGA

 スパイ・サスペンスでありながら、スピーディなアクションもド派手な爆破シーンもなく、デスクや黒板など、ほとんどのシーンが室内で展開。とはいえ、今回『グランド・ブダペスト・ホテル』とWノミネートされているアレクサンドル・デスプラによる美しくミステリアスな音楽が流れるなか、終始張りつめた緊張感がみなぎる。スパイ映画というと、難解さゆえに敬遠されがちだが、チーム間の結束や崩壊など、青春映画としての醍醐味も味わわせてくれながら、軸はあくまでも時代に翻弄された男の人生。チューリングが最期を迎えたベッドの脇で発見された一口だけかじられたリンゴは、Apple社のマークの元ネタになったという都市伝説にも頷けるが、じつは「白雪姫」を意識して永遠の眠りについたと言われている。その事実やチューリング・マシンに付けられた「ある名」を知ることで、本作がロマンティックで残酷なラブストーリーであることも分かるだろう。

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 これだけ盛りだくさんの要素を詰め込みながら、上映時間を2時間以内に収めたのは今回、監督賞候補にも挙がっているノルウェイ出身のモルテン・ティルドゥム監督。ハリウッド進出のきっかけとなった『ヘッドハンター』は主人公のキャラが活かされた、巻き込まれ系サスペンスにして、突然ブラックユーモアがブッ込まれる荒削りさが魅力のB級映画。そのため、ジャンル監督の道を進むと思っていただけに、進出一作目にして、ここまで手堅い作品を撮り切り、『ミレニアム』シリーズで注目された同じ北欧出身のニールス・アルデン・オプレヴ監督を軽く超えてしまったのは意外だ。さすがに今回の受賞は難しいと思われるが、間違いなく今後が期待される逸材といえるだろう。

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