パルムドール受賞作『雪の轍』に観るトルコの巨匠・ジェイラン監督の一貫した魅力とは?
昨年、第67回カンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)を受賞したヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の『雪の轍』が日本で公開されている。それを受けて、ジェイラン作品に早くから注目してきた石坂健治氏(日本映画大学教授)、市山尚三氏(東京フィルメックスプログラムディレクター)、矢田部吉彦氏(東京国際映画祭プログラミングディレクター)が8日、都内でトークイベントを行い、ジェイラン監督の魅力などについて語った。
カンヌの常連として、過去2度のグランプリを受賞するなど、現代トルコ映画の巨匠と呼ばれるジェイラン監督だが、日本での劇場公開は本作が初めて。チェーホフの小説から着想を得た本作は、元舞台俳優で世界遺産カッパドキアにあるホテルを相続した富裕な主人公と、その美しい若妻、離婚し出戻った主人公の妹を軸に、ある出来事をきっかけとして、登場人物の対立する内面が浮き彫りになっていく姿を描く。3時間16分という長尺と、雪のカッパドキアの奇岩群を背景にした圧倒的な映像美も見どころだ。
「1998年のベルリン国際映画祭で、ジェイランの長編デビュー作『カサバ-町』(同映画祭カリガリ賞受賞)を観たのが、最初の出会い」と語る市山氏は「イラン映画に押され気味だったトルコから、ついに才能ある監督が出てきたな、それまでと明らかに違う可能性を感じさせる作品だと思った」と鮮烈な出会いを振り返る。
石坂氏も「セミフ・カプランオール、レイス・チェリッキ、レハ・エルデム、フセイン・カラベイら、ジェイランを筆頭にトルコの監督たちが世界に出て、近年の隆盛がある」と述べると、矢田部氏は「もともと豊かな文化的背景のある国。社会的に安定した2000年以降、映画界がどんどん元気になった」と経緯を説明。
ジェイラン作品の魅力について、矢田部氏は「『Three Monkeys ~愚かなる連鎖~』(2008)以降の作品がとても好きで、本作『雪の轍』も、あの素晴らしいホテルでエゴの囚人として、登場人物たちが描かれる。各作に“囚われ”というテーマが一貫して流れ、しかもほぼ全作が曇天で描かれるのも象徴的」と語ると、石坂氏も「これはぼくのオリジナルの意見ではないが、雪に閉ざされたホテルでの狂気という点で『シャイニング』(1980)と比較できるし、夫婦の言い争いという点ではイングマール・ベルイマンにも通じる」と付け加えた。
9月末には「トルコ映画の巨匠 ヌリ・ビルゲ・ジェイラン映画祭2015」の開催も決定しており、本作以前に作られた7作のうち5作が上映される。日本にとってまだなじみのないトルコ作品を堪能するのに良い機会になりそうだ。(取材/岸田智)
映画『雪の轍』は角川シネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国で順次公開中
「トルコ映画の巨匠 ヌリ・ビルゲ・ジェイラン映画祭2015」は9月29日から10月3日まで東京・アテネ・フランセ文化センターにて開催