「赤影」坂口祐三郎さんをしのび、秘蔵写真を交えた13回忌上映が実施
1960年代後半に放送され、忍者ブームに火をつけた「仮面の忍者 赤影」の赤影役として知られる坂口祐三郎さんをしのぶイベント「仮面と生きた男・坂口祐三郎・十三回忌上映会」が13日、都内で行われ、生前から坂口さんを支えてきた(株)AMIプロジェクトの代表取締役・瀬崎智文氏、同社のプロジェクトプロデューサーの青野レイナ氏、忍者のコスプレをしたAKB48の田名部生来が出席した。
坂口さんは、2003年7月13日に61歳という若さでこの世を去った。そのときのことを「亡くなる前に電話が掛かってきて。『良いか悪いかはわからないけれど、これから大きいことが起きるから準備してくれ』と言われました。『大きいことって何ですか? テレビですか? 映画ですか?』と聞いたんですが、それから坂口さんは倒れました。それまで元気だったから、別れはショックでした」と述懐する瀬崎氏だったが、その後、坂口さんに対面したときには「赤影の顔になっていました」と感じたという。
十三回忌にあたるこの日は、昔なつかしのアナグリフ方式の復刻版立体メガネを配布し、1969年の東映まんがまつり『飛びだす冒険映画 赤影』をフィルム上映。「母の初恋の人が赤影さまなんです」と語る田名部は、赤影にちなみ、赤い忍者コスプレで登場。瀬崎氏が所蔵する秘蔵写真を見た田名部は「かっこいい!」「これはほれますね!」と大はしゃぎだった。
そしてその後は、ブルーレイの特典ブックレットに寄稿したという瀬崎氏の文章を朗読。故・大滝秀治さんにあこがれた話。駆け出しの新人だった坂口さんに、坂口さんのキラリとした涼しい目を見た故・美空ひばりさんが「芸名を瞳にしなさい」と薦めた話。高校2年生のときに好きだった女の子からラブレターをもらったのに照れくささからその子の前でラブレターを破り捨ててしまい、それを後悔している話。瀬崎氏と「その後の赤影」を作ろうと約束した話。赤影のイメージが定着してしまい、その後のキャリアに悩んだ話。そして幼き日に別れた母への思慕の念など、坂口さんの素顔を紹介する瀬崎氏は、「心の中に坂口さんがよみがえることを信じて。皆さんの胸に熱い思いが宿ってくれればいいなと思います」と会場に呼び掛けた。(取材・文:壬生智裕)
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