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小津安二郎、初のカラー作品『彼岸花』(1958)

小津安二郎名画館

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左から田中絹代、有馬稲子、桑野みゆき
左から田中絹代、有馬稲子、桑野みゆき - (C)1958 松竹株式会社

 小津安二郎監督の初のカラー作品でもあり、小津のために作家・里見とんが原作を書き下ろした『彼岸花』(1958)。大映から呼び寄せた山本富士子を起用する際「山本富士子を使うならカラーで」(井上和男編 小津安二郎全集 新書館)という要望から、前作の『東京暮色』(1957)までモノクロで制作を行っていた小津組もカラーフィルム導入の運びとなった。

 有馬稲子久我美子、山本富士子といった人気女優に加え、二枚目の佐田啓二の出演で初のカラー作品は実に華やかなものとなった。山本が演じる幸子の母・佐々木初役で浪花千栄子が出演。語りだしたら止まらない抑揚の利いた関西弁で、ほかの小津作品にはない一味違った強烈なトリックスターとしての存在感を放つ。

 平山(佐分利信)は長女・節子(有馬)の縁談に思いを巡らせていたところ、突然会社に現れた谷口(佐田)から節子と付き合っている、結婚を認めてほしいと告げられ憤慨(ふんがい)する。駆け落ちしている友人の娘・文子(久我)には一定の理解を示す平山だが、自らの娘である節子の結婚には賛成できずにいた……。

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『彼岸花 ニューデジタルリマスター』ブルーレイ発売中4,700円(+税)発売・販売元:松竹(c)1958/2013 松竹株式会社

 ネコちゃんの愛称で親しまれる有馬、華族出身の家柄に負けない気品を持つ久我に加え、ミス日本にも輝いた山本がカラーの画面を彩るように起用され、多様な結婚観が作品の随所に描かれている。さまざまな女性像を提示する本作では、お見合いが古くさいものとして扱われているなど、時代を通じて小津作品の世界の「常識」も移ろっていくことを感じさせる。価値観のあからさまな衝突が物語の主軸として描かれ、その陰で展開されるガールズトークがビビッドに画面を彩る。

 小津作品初のカラーの画面を豊かにしているのは何も女優たちだけではない。この作品で発色の良いドイツのアグファカラーフィルムを採用したのは小津の好きな赤がよく映えるという理由で、長年付き添ったカメラマン・厚田雄春の強い勧めがあったからだという。そうした小津の趣味を裏付けるかのように作品の随所にテーブルや座布団、やかん、ラジオといった赤い調度品を見つけることができ、小津の独特な色彩感覚を楽しめるのも本作の魅力。

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 戦前の小津作品においてヒロインとして多く出演した田中絹代が母・清子を演じ、戦争時代を振り返って家族が一つだった時代をしのぶシーンは、味わい深い。「戦争は厭(いや)だったけど、時々あの時のことがふッと懐かしくなることあるの。あなた、ない?」「ないね、おれァあの時分が一ばん厭だった。物はないし、つまらん奴が威張ってるしねえ」(井上和男編 小津安二郎全集 新書館)。大げさではなく自然に出た夫婦の会話に戦争観を潜ませる厚みのある演出だ。

 白樺派の代表作家である志賀直哉に敬愛を抱く小津だったが、志賀同様に同派の里見をはじめとした鎌倉文化人との交流が深かった。そうしたつながりから小津作品にはさまざまな日本の画家の絵画が登場するが、里見のような作家による原作の書き下ろしは本作が初めてである。また本作で同窓生・菅井を演じる菅原通済は有名な実業家で、彼もまた鎌倉での小津の交友に欠かせない人物の一人だ。(編集部・那須本康)

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