『野火』塚本晋也監督、市川崑監督からの影響を熱く語る
巨匠・市川崑監督の生誕100年を記念する特別企画「市川崑映画祭-光と影の仕草」が、現在、東京・大阪で開催されており、市川監督が1959年に大岡昇平の原作小説を映画化した『野火』を、昨年、再映画化し、大きな反響を呼んだ塚本晋也監督が、29日、角川シネマ新宿でのトークショーに登壇。市川監督から受けた影響や、好きな作品、自作『野火』との比較などを縦横に語った。
「『過去にこんな名作があるのに、なぜまた映画化しようとしたんですか?』って『野火』を撮ってからよく聞かれるんです」と笑顔であいさつした塚本監督。「市川監督の『野火』は高校のときに観て、当時、8ミリの映画を撮っていたんですが、恥ずかしいくらい真似しました。はっきりした白黒で、人間が異様なほどくっきり浮かび上がってくる独特の雰囲気。それと、すごい状況にあるんだけど、不思議なユーモアと滑稽さもあって、そういうところも大好きで影響を受けました」と率直に明かす。
「ほかに市川監督の好きな作品は?」という進行役の問いかけに、塚本監督は「『股旅』は本当に何度も観て、影響されています。時代劇だけど、股旅する主人公たちが現代の空漠とした青春模様でもあるんです。画面のグラフィック感もカッコよかった」と振り返りつつ、「市川監督のデザイン感覚、カット割り。もちろん他にも魅力は詰まっていますが、デザインということだけで、映画がこんなにカッコよく、面白くなるのかと、びっくりさせられます。そうやってワナにはまり、市川崑節にシビれるんです」と魅力を熱く語る。「『犬神家の一族』や横溝正史原作シリーズもそうですね。『炎上』『太平洋ひとりぼっち』『細雪』、テレビドラマ『木枯し紋次郎』も大好きです」と塚本監督。
公開後、ロングランヒットとなっている自身の『野火』について、塚本監督は「40年ほど前に原作を読んだ最初から、目の前にフィリピンの原野がはっきり浮かんで、主人公と自分が一体化して戦争体験している気分になり、これを映画にしたいと思っていたんです。フィリピンの原色の自然、熱くて胸の痛くなる夕日の赤さ、生命感ある川の奔流が、どうしても撮りたかった」と長く温めた製作への思いを話した後、市川監督版『野火』と自作を比較して「自分の『野火』は、ほぼ原作通りのつもりで、市川監督版の方が、脚色があるように見えるんですが、最後の重要なシーンでは、市川監督がそのように脚色した強い意志が、原作小説の精神と見事につながっていて、映画ってこうやって撮るものなのかって、改めて勉強になりました」と感嘆を新たにしていた。
『野火』は、太平洋戦争末期、敗戦濃厚のフィリピン・レイテ島を舞台に、肺病を患って部隊を追われ、あてもなくさまよう日本兵を通して、絶望的な孤独や飢餓、同胞を裏切っても生き延びようとする人間の極限状況を描く。塚本監督の『野火』は第70回毎日映画コンクール監督賞と男優主演賞を受賞した。(取材/岸田智)
特別企画「市川崑映画祭-光と影の仕草」は1月16日~2月11日まで角川シネマ新宿ほかにて全国順次公開
塚本晋也監督『野火』は公開中 2月6日より渋谷ユーロスペースにて凱旋上映