パルムドール受賞の仏人監督、パリ同時多発テロに言及「あの事件の後だったら作っていない」
2015年カンヌ国際映画祭で最高賞にあたるパルムドールに輝いた映画『ディーパンの闘い』のジャック・オーディアール監督が、前作からガラリと手法を変えた製作の経緯を振り返るとともに昨年11月に起きたパリ同時多発テロに言及した。本作は、先ごろフランスのアカデミー賞と呼ばれるセザール賞で作品賞、監督賞を含む9部門にノミネートされた。
【写真】スリランカの内戦を逃れた疑似家族の衝撃作『ディーパンの闘い』
本作で描かれるのは戦禍のスリランカから逃れるため、偽装家族となった男女3人の物語。妻と娘を亡くした元兵士と、母親を亡くした9歳の少女、子育ての経験のない24歳の女性。難民キャンプで出会った赤の他人同士が時限爆弾のような“秘密”を抱えて異国の地でサバイブするさまは、それはスリリングだ。
当初はサム・ペキンパー監督の名作『わらの犬』(1971)のリメイクを作るつもりだったという監督が本作に着手することになったきっかけは、本作の脚本家の一人であるノエ・ドゥプレから勧められたBBCのドキュメンタリー『ノーファイヤーゾーン:ザ・キリング・フィールド・オブ・スリランカ(原題)/ No Fire Zone: The Killing Fields of Sri Lanka』(2013)を観てスリランカに興味を持ったこと。「それまでスリランカについては“紅茶の国”というぐらいで、実は内戦のことも何も知らなかったんだ。スリランカはもともと英国の植民地だったし、フランスとはほとんどつながりがない、遠い国だと思っていて」。
内戦、移民といった深刻な社会問題を提起しながら、サスペンス、家族ドラマなど複数のジャンルが見事に融合した物語が秀逸だが、意外にもマリオン・コティヤール主演の前作『君と歩く世界』(2012)から一転して、脚本を作り込まずに臨んだそう。「日常生活では1日にそれほどいろいろなことが起こらないだろう? だから今回の脚本もごくシンプルなものから出発したかった。そして作っていく過程で登場人物とともに(物語が)形を成していくようなものを思い描いたんだ。彼らがスリランカからパリに来て落ち着くまでの冒頭はドキュメンタリーのような感じで、その後恋愛ドラマがあり、抗争があって、最後はメロドラマのような雰囲気になり……というふうにね」。
『預言者』(2009)を撮り終えたころから温め続けてきたオーディアール監督渾身の一作を、カンヌ国際映画祭審査員長のジョエル&イーサン・コーエン兄弟は「満場一致で(パルムドールの授与が)決まった」と絶賛。「正直とても驚いたよ。全然予期していなかったから。コーエン兄弟はわたしがとても尊敬する監督たちだったので、感激もひとしおだった。コーエン兄弟と話をしたかって? わたしはシャイだから、あえて話しかけなかったよ(笑)」と謙遜する監督だが、昨年11月に起きたパリ同時多発テロが彼にもたらした影響はやはり大きい。「(本作の)脚本家トマ・ビデガンとも話し合ったが、果たしてテロが起こった後にこの作品を作ったかというと答えは『ノン』だ。それは現実をなぞることになるから。もし今後、あの事件を取り上げるとしたらどんなかたちで描けるだろうか? と考えると、この『ディーパンの闘い』とはまったく異なるものになるだろう」。(取材・文:編集部 石井百合子)
映画『ディーパンの闘い』は2月12日よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国順次公開