タイの海賊版ビデオ店に迫った映画が話題 “あの店長の店”が映画界に与えた影響とは?
開催中の第11回大阪アジアン映画祭で、『地球で最後のふたり』(2003)のペンエーグ・ラッタナルアーン監督らタイ・ニューウェーブの監督たちに多大な影響を与えた海賊版ビデオ店を振り返るドキュメンタリー映画『あの店長』(ナワポン・タムロンラタナリット監督)が上映され、話題を呼んでいる。
物語は1990年代にさかのぼる。当時のタイでは他国同様、劇場公開されるのはハリウッドや香港の娯楽映画が中心。商売になりにくいアート系映画を観賞する機会はなかったという。映画研究家たちは他国の資料を読みながら、ジャン=リュック・ゴダール監督が『勝手にしやがれ』(1959)で行った編集技法“ジャンプ・カット”とは? と、想像を膨らませながら研究に勤しんでいたという。
そんなシネフィルたちの欲求を満たすがごとく、マーケットの一角にビデオ店が出現。フランス・ヌーベルバーグから、アジア映画界に新たな旋風を巻き起こしていた『恋する惑星』(1994)のウォン・カーウァイ監督作など憧れの作品を取り揃えていた。次第に流行に敏感な若者たちの間にも「あの店長の店」としてウワサが広まり、知る人ぞ知る存在になったそうだ。
同国における日本映画の普及にも貢献していたようだ。劇中に登場した元店員によると、売り上げベスト20にはスタジオジブリ作品を筆頭に、岩井俊二監督『Love Letter』(1995)や『リリイ・シュシュのすべて』(2001)、北野武監督『HANA-BI』(1997)、黒沢清監督『回路』(2000)、三池崇史監督『ビジターQ』(2000)が確実に入っているという。中でも中田秀夫監督『リング』(1998)は強烈なインパクトを与えたようで、『愛しのゴースト』(2013)などタイ・ホラー人気を牽引するバンジョン・ピサヤタナクーン監督は「ここで『リング』に出会い、『心霊写真』(2004)を作ろうと思った」と語った。
ただしビデオからDVD、ネット配信と映画鑑賞の形態も変わり、店も徐々に衰退。そもそも海賊版の制作・販売、かつ海賊版と知っていての購入は“映画泥棒”、つまり著作権法違反にあたる。“あの店長”も2009年に逮捕され、店も閉店。自身も常連客だったというタムロンラタナリット監督も「個人的にはあの店に出会えて幸せだった。今回、インタビューを断られた人も若干いたが、閉店して15年経って、ようやく明かされるエピソードも多かった」と振り返った。
同国も今ではアート作品を上映する映画館が誕生し、ジブリ作品も正規ルートでDVDが販売されるようになったという。しかし決して環境が整ったとはいえないようで、プロデューサーのドンサロン・コーウィットワニッチャーは「アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の作品ですら、デビュー作はいまだ未公開ですし、例え公開されたとしても10館以内。最新作の『光りの墓』(日本公開は3月26日)も公開はまだ」と説明した。
ウィーラセタクン監督といえば、『ブンミおじさんの森』(2010)がカンヌ国際映画祭でパルム・ドール(最高賞)を受賞した同国が誇る世界的監督であり、日本でも特集上映が行われる程の人気を持つ。その監督の母国で置かれている状況を聞き、会場からは驚きの声も上がっていた。(取材・文:中山治美)
第11回大阪アジアン映画祭は3月13日まで大阪・福島区のABCホールなどで開催中