韓国・セウォル号沈没ドキュメンタリー監督、行政批判…守られたのは人命ではなかった?
韓国で起きた旅客船セウォル号沈没事件の真相に迫るドキュメンタリー『ダイビング・ベル』の共同監督アン・ヘリョンが来日し、21日に東京・日本外国特派員協会で会見を行なった。アン監督は、本作の上映中止を求めた釜山市のソ・ビョンス市長は「いまだに一度も本作を観ていない」と明かし、「内容を知らない人が、どうして(本作は)『政治的な中立性を欠く』と言えるのか、私にはわかりません。彼らが守りたいのは国民の安全ではなく、政権の安定や、真実を伝えない大手メディアとの関係なのかもしれない」と舌先も鋭く語った。
2014年4月16日、韓国南西部の珍島沖でセウォル号が沈没し、修学旅行中の高校生らを含む死者・行方不明者300人以上を出す大惨事となった。事故後、現場近くの港に入った記者で本作共同監督のイ・サンホは「史上最大の救出作戦」と大々的に伝えるメディアとは裏腹に、政府の責任回避や海洋警察自体の安全優先で、一向に進まない救出に愕然とし、民間から救助に参加した潜水業者と共に、沈みゆく船を前に何が起こっているかを追った。
事故後の政府・警察・報道のあり方に批判的な本作は、2014年、釜山国際映画祭に出品されたが、釜山市のソ市長が上映中止を要求。映画祭側がこれを蹴って上映に踏み切ると、行政は様々な圧力をかけ、映画祭執行委員長の事実上の更迭に発展した。この事態に、世界の映画関係者から映画祭を支持する声が次々上がり、大きな注目を浴びていた。
「釜山国際映画祭の関係者には、実際に様々な圧力がかかったようです」というアン監督だが、「でも、私のところには何の圧力も批判もなかった。それが不思議で、ちょうど台風の目の中に入ったようなものでしょうか」と穏やかに話し、「釜山市長のおかげで、韓国の人たちは、みんな『ダイビング・ベル』というタイトルだけは知っています」と笑う。
会見に同席した本作プロデューサー、ファン・ヘイリムは「事故に関して、報道などで知ったこととは違う事実を本作で知り、ショックを受けたという声が韓国では多く、劇場に事故の遺族の方たちを招き、対話の時間を設けて意見を交換する感動的な場面もありました。私たちはこれが正しいとか、これが事件の全てだと主張したいのではなく、事件を別の角度から見ることで、真相につながる新しい扉を開きたいのです」と騒動に巻き込まれた本作の真の製作意図を明かしていた。沈没事件から2年目の今月末には、第29回福岡アジア映画祭でグランプリにも輝いたことのある本作が日本の各所で特別上映される予定だ。(取材/岸田智)
映画『ダイビング・ベル』日本特別上映会は、4月24日/アンスティチュ・フランセ九州(福岡)、25日/ビジュアルアーツ専門学校・大阪(大阪)、27日/なかのZERO小ホール(東京)にて