なぜ佐村河内守は映画に出演したのか?森達也監督が明かす驚きの交渉術
“現代のベートーベン”の異名を取り、2014年のゴーストライター騒動で渦中の人となった佐村河内守氏。希代の“フェイク(偽物)”として非難を浴びた人物に『A』『A2』のドキュメンタリー作家・森達也が密着。単独作品としては15年ぶりの新作となるドキュメンタリー『FAKE』を作り上げた。世間が抱いているイメージを覆す姿を間近で見つめた森監督が、知られざる佐村河内氏の一面を明かした。
森監督は「最初はまったく興味がなかったのだけど、たまたま会ってみるとフォトジェニックで画になる人物。その場で撮影させてくださいとお願いしました」と回想する。その後もメールで出演交渉を重ねたが、その際に「あなたの名誉回復をするつもりはさらさらない」と伝えたという。「僕は自分の映画のためにあなたを利用しますと言っていたわけで、彼からすれば何を言ってるんだという感じだったと思いますが、逆に他のメディアとは違うと思ってくれたのかも知れないですね」。
佐村河内氏の印象を「とても他人に気を遣う一方、すごく距離を近づけようとしてくる面もある。やはり表現者ですから業は強いけれど非常にチャーミングな面もありますね。まあ映画の印象そのままですが」と語っているが、森監督にとって重要だったのが佐村河内氏の妻かおりさんの存在。「佐村河内氏を追うなら必然的にかおりさんも映すことになるわけで、彼女抜きならこの映画は撮っていなかったと思います」とその意図を説く。
映画は次第にゴーストライター事件の検証から離れ、佐村河内夫妻の夫婦愛という意外な側面を映し出す。浮かび上がったメロドラマ的な展開に虚を突かれる人もいるだろう。「もちろんカメラが介在していますから、彼らの素の姿が撮れているとは思いません。人はそもそも演技する生きものです。そもそも素の姿など撮れるはずがない」とクールに突き放す。
佐村河内氏のドキュメンタリーと聞けばゴシップ的興味から入る人が多いだろうが、「衝撃の12分間」と謳われているクライマックスも含めて『FAKE』には意外な驚きが満ちあふれている。知的な意味でもエモーショナルな意味でも刺激を与えてくれる、一筋縄ではいかない作品に仕上がっている。(取材・文:村山章)
映画『FAKE』は6月4日より全国順次公開