『スター・トレック』カーク船長の声でおなじみ!矢島正明、いまの声優界に喝
声優伝説
声優として約60年のキャリアを誇る矢島正明さん。『スター・トレック』シリーズのジェームズ・T・カーク船長役や、テレビ番組「クイズタイムショック」のナレーションなどで知られ、インテリ感のあるソフトな語り口でおなじみだ。そんな矢島さんに声の仕事について聞くと、過去の苦労を明かしつつ、現代の声優界に愛ある苦言を呈していた。(取材・文:岩崎郁子)
■声優は声だけやっているだけじゃなかった!?
矢島さんの声優業は、ラジオドラマなどから始まり、テレビの吹き替えが生放送だった時代も経験している。当時、吹き替えの翻訳は粗く、セリフが映像よりも長かったため、台本を声優自身が自分のセリフの持ち時間にはまるように変えていたという。「それぞれが勝手にやるから、重要な言葉をカットしていたりして。オンエアしたら、いったい何の話だったんだ? ということがよくあった(笑)」と述懐。また、当時はスタジオも狭いため、声優が効果音も掛け持ちで担当していたそうで、「そっちに夢中になって自分の出番を忘れることもあったりした。生放送で緊張しましたけど、無邪気な現場でしたね」と懐かしむ。矢島さんいわく、生放送時代は“神話”の時代。その後テープレコーダーが出たが、編集ができず、失敗すれば最初から録り直す“地獄の中世”があり、失敗してもその都度録り直しができるビデオテープレコーダーが登場した“産業革命”を経て、現代に至るという。
■「0011ナポレオン・ソロ」ロバート・ヴォーンとの思い出
吹き替えでは米テレビドラマ「0011ナポレオン・ソロ」シリーズ、主演ロバート・ヴォーンや『スター・トレック』シリーズのウイリアム・シャトナーが持ち役。ヴォーンとは来日時に会い、握手の仕方のスマートさと挙措(きょそ=動作)の美しさに感動したという。さらに、記者会見の場で、矢島さんが報道陣に交じって質問すると、「オー! マイ・ボイス(私の声の人)」と覚えていてくれたという思い出もある。
■自信があるのは“ナレーター”矢島正明
約60年の声優業。共に歩んできた盟友は家弓家正、永井一郎、武藤礼子など、挙げればきりがない。「この世界で最も尊敬するのは、若山弦蔵ですね。対象をしっかり捉え、役者の呼吸を自分の呼吸にしている。吹き替えの名人は羽佐間道夫。ダニー・ケイ(の吹き替え)なんて他の人にはできないでしょう」と矢島さんは語る。自身については「自分でプロ(の仕事)と言い切れるのは、吹き替えより、ナレーターとしての矢島正明」という。実際、「リポビタンD」のCMナレーションや「クイズタイムショック」シリーズ出題者として長年レギュラーを務め、その実績と信頼は揺るぎない。米テレビドラマ「逃亡者」のナレーションも忘れられないという。
■いまの声優たちに愛を込めた喝!
長年の経験があるからこそ、最近の声優界に対する見方も厳しい。「近頃の吹き替えやナレーションには、聞けたもんじゃないと感じるものもある。アニメの声を聴いていると、誰もみな同じようにセリフを言う。それをよしとするディレクターがいて、そういうスタイルができてしまう。この頃はバーチャルから学ぶからそうなる。人間としての生の情動が日常生活からなくなっている」と分析する。声優学校で、若者の指導もしているが、「学校で教えられることは本当はない。自分で苦しんで見つけること」と力説。その上で、「何が本物かわからなくなっている。適当に知識は持っているけど、自分の好みがハッキリしない。映画をたくさん観て、本を読んで、何が好きなのか、嫌いなのか、それをハッキリさせなさいと言っています。“良いもの”を見ないと……でも、この頃はあまりないんだけどね」と若い声優たちに向け、熱いエールを送っていた。
矢島正明プロフィール
1932年生まれ。東京都出身。矢島プロダクション所属。低音の声が魅力でラジオのディスク・ジョッキー、声優、ナレーションなどを務める。持ち役は「0011ナポレオン・ソロ」シリーズのナポレオン・ソロ、『スター・トレック』シリーズのジェームズ・T・カーク船長など。テレビドラマ「木下恵介アワー」シリーズ、テレビドラマ「逃亡者」「謎の円盤UFO」などのナレーターとしても活躍したほか、アニメ『鉄腕アトム』シリーズ初代ヒゲオヤジ役や、「リポビタンD」のテレビCMナレーションで知られる。