今年のベルリン映画祭受賞作の見どころは?畜殺場舞台のラブストーリーからフィンランドの巨匠の新作まで
第67回ベルリン国際映画祭
第67回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門で金熊賞、銀熊賞を受賞した作品の見どころを、受賞者会見でのコメントと共に振り返ってみたい。(取材・文:山口ゆかり / Yukari Yamaguchi)
最高賞にあたる金熊賞受賞のハンガリー映画『オン・ボディー・アンド・ソウル(英題) / On Body and Soul』は牛の畜殺場で働く男女の風変わりなラブストーリー。それぞれが牡鹿、牝鹿として登場する連続した夢を夜毎に見続ける二人だが、現実には孤独をかこつ身であり、同じ夢を見ていることに気づいてさえ一足飛びには結ばれない。ストーリーのオリジナリティーに加え、冬の森にたたずむ鹿のシーンなど静謐な美しさに満ちた映像が印象的だ。
金熊のトロフィーを前に「この映画はとても繊細な映画です。そして同じ繊細さを持ったカメラマン、マテ・ハーベイを得ることができました。彼には本当に感謝しています」と撮影監督をたたえたイルディゴ・エンエディ監督。完成した作品を観て泣いたかという質問に「はい」と答えて笑いを巻き起こしながら、「素晴らしい編集担当、カーロ・サライのおかげです」とスタッフに功績を帰した。
同作は金・銀熊賞授賞式に先立って昼に行われたインディペンデント各賞授賞式でも国際批評家連盟賞、エキュメニカル賞、モルゲンポスト読者賞の三冠を達成しており、この勢いで金熊もと予想した人が多かった。その期待を裏切ることなく、堂々の金熊獲得となった。
銀熊賞・最優秀監督賞に輝いたのは、フィンランドの巨匠アキ・カウリスマキ監督。『ジ・アザー・サイド・オブ・ホープ(英題) / The Other Side of Hope』はこれまでにカウリスマキ監督が手掛けてきた難民を扱ったシリーズに連なるもので、シリアから偶然に導かれてフィンランドに逃れてきた青年と、彼が遭遇する事業主それぞれの人生の断面を笑いにくるんで見せる。厳しい現実を描きながらも心温まる作品だ。カウリスマキ監督はコンペの中で一番注目された人物といっても過言ではないが、受賞者会見には姿を現さず、会見場は落胆に包まれた。
銀熊賞・審査員賞に輝いた『フェリシテ(原題) / Felicite』はコンゴの首都キンシャサを舞台にした人間ドラマ。交通事故で片足を失いつつある息子の手術費用を集めるため駆けずり回る母親を追う。アフリカの混沌としたさまを捉えることに成功したアラン・ゴミ監督は「主人公にはさまざまな人と似たところがある。何も良いことが起こらず孤立しているけれど人生を切り開いていく」と生命力を感じさせる本作について語った。
銀熊賞・最優秀男優賞を獲得したゲオルク・フリードリヒは、トーマス・アルスラン監督の『ブライト・ナイツ(英題) / Bright Nights』で白夜の地への旅で息子との交流を図る父親を演じている。離婚した妻と暮らす思春期の息子とのギクシャクした関係を繊細な演技で見せたゲオルクは「僕自身にとっても息子とのコミュニケーションは難しいことだからね」と父親の顔をのぞかせた。
一方、銀熊賞・最優秀女優賞は『オン・ザ・ビーチ・アット・ナイト・アローン(英題) / On the Beach at Night Alone』の韓国人女優キム・ミニの手に。不倫の恋に疲れた女優を演じたキムは「毎朝、その日の撮影分の脚本を渡されました。それまで何をやるかがわからないので集中せざるを得なかったのです」と共に会見に臨んだホン・サンス監督の撮影方法により受賞に導かれたとした。
銀熊賞・最優秀脚本賞は『ア・ファンタスティック・ウーマン(英題) / A Fantastic Woman』のセバスティアン・レリオ(監督兼任)とゴンサロ・マサが受賞。恋人の突然死で、恋人の元妻や自分とさして年齢の違わない子らとも対峙する“素晴らしい女性”が主人公。その主人公がトランスジェンダーなのが肝。脚本家コンビと共に登場した、実際にトランスジェンダーである主演女優ダニエラ・ヴェガには女優賞のキムに劣らないほどフラッシュがたかれた。
インディペンデント各賞授賞式では映画祭ディレクター、ディータ・コスリックが「イギリス人でさえ世界は何かおかしいと気がついた」とジョークを飛ばすなど、今年のベルリンではブレグジット(英国のEU離脱)やドナルド・トランプ米大統領について言及する映画人が多く見られた。ディータが、トルコ警察に捕らわれたドイツ人ジャーナリストのニュースに触れつつ「何かが本当に間違っている。皆さん、勇気を失わないでください」と締めると、大きな拍手が沸き起こっていた。