人は認識したものしか見ていない…巨匠アンジェイ・ワイダが死の直前に完成させた『残像』
昨年10月9日に90歳でこの世を去った、ポーランドの巨匠アンジェイ・ワイダ監督の最新作にして、遺作となった映画『残像』の予告編が公開され、ワイダ監督が長年映画にしたいと願い続けてきた、ポーランド史に残る芸術家の一人でありながら、社会主義政権の弾圧により、人々の記憶から消し去られてしまった画家ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキを通して描かれる重厚な物語の一端が明らかになった。
ワイダ監督は、ワルシャワ蜂起など史実に材を取った作品を撮り続け、レジスタンスの体験を基にした『世代』(1954)、対ソ連の地下抵抗運動を描いた『地下水道』(1956)、第2次大戦前後のポーランド社会の流転を描いた『灰とダイヤモンド』(1958)など、「抵抗3部作」で国際的な評価を獲得。その後も、1981年に『鉄の男』でカンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを受賞、2000年には米アカデミー賞名誉賞を受賞しているポーランド映画界の巨匠だ。
本作の主人公であるストゥシェミンスキは、1939年代から、ポーランド構成主義の前衛画家として国内外で高く評価されたほか、非常に優れた教師として学生たちから慕われ、ポーランドの都市ウッチに世界で2番目となる近代美術館を設立するなど、美術教育に貢献した画家だ。本作は、人々の生活のあらゆる面を支配しようと目論む全体主義国家が、最も過激な形をとった1949年からの4年間を舞台に、自分の決断を信じ、芸術にすべてをささげた、不屈の画家・ストゥシェミンスキの気高い信念と理想を描きだす。
そして今回、公開された予告編では、ストゥシェミンスキが巻き込まれていった、社会主義政権の過酷な時代背景が映し出される。冒頭、ウッチ造形大の教え子たちに「ものを見たあと目に残る色だ」「人は認識したものしか見ていない」など“残像”の概念を説くストゥシェミンスキの姿が印象的だが、突如として真っ赤な垂れ幕がアトリエの窓を覆い尽くし、彼の人生に不気味な影が落とされていくのだった。文化大臣の演説に対し、ひとり立ち上がったストゥシェミンスキは表現の自由を主張し、ますます学生たちから尊敬を集めていく一方で、共産党上層部の圧力により大学の教授職を追放、美術館に飾られた作品は破棄され、学生たちと開催しようとした展覧会も無残なまでに破壊されてしまう。さらには、幼い娘ニカは時代の激流にあらがうすべもなく、皮肉にもメーデーの群衆の中を行進していく。予告編は困窮していく中、彫刻家だった亡き妻カタジナ・コブロの墓に青い花をたむける画家の姿で締めくくられている。ワイダ監督からの最後のメッセージともいうべく人間愛に満ちた本作は、監督の死の一か月前、トロント国際映画祭で世界初上映され、第89回アカデミー賞外国語映画賞ポーランド代表作品に選ばれていた。(編集部・石神恵美子)
映画『残像』は6月10日より岩波ホールほか全国順次公開