子どもたちに劇場体験をしてほしい!齊藤工が発案した移動映画館の活動
映画で何ができるのか
俳優・斎藤工が、アーティスト名の齊藤工として活動している移動映画館「cinema bird in 熊本2017」が6月25日、熊本県山鹿市にある国指定重要文化財・八千代座で開催された。映画好きで知られる齊藤の「劇場体験の少ない子どもたちや映画館のない地域の人たちに同じ空間で感動を共有する大切さを伝えたい」という願いで2014年からスタートし、今回で5回目。映画を取り巻く環境が激変し、鑑賞スタイルも多様になったが、原点回帰とも言える移動映画館の活動を追った。(取材・文:中山治美)
『君の名は。』『シン・ゴジラ』の記録的ヒットの一方、全国のスクリーンが減少
毎年1月末、一般社団法人日本映画製作者連盟(映連)から前年の日本映画産業統計が発表される。平成28年度(2016)の映画興行収入は『君の名は。』(235.6億円:1月22日時点)や『シン・ゴジラ』(82.5億円)のヒットもあり、過去最高となる2,355億円を記録したと大々的に報じられた。
見落とされがちだが同日、全国スクリーン数も公表されている。平成28年度のスクリーン数は3,472と、前年より35スクリーン増。ただし内訳はシネコンが3,045スクリーンに対し、ミニシアターなどの一般館は427。2000年の調査ではシネコンが1,123だったのに対して一般館が1,401と、一般館の方が多かったが、それが逆転し、16年の間に一般館の974スクリーンが消え去ったことになる。
例えば cinema birdの第1弾が開催された宮城県石巻市では、160年以上の歴史があった岡田劇場が2011年の東日本大震災で津波に流された。同第4弾が行われた福島県南相馬市には朝日座があるが、開館70年を迎えた1991年に通常興行を終えた。今は有志が「朝日座を楽しむ会」を発足し、不定期で上映イベントを行っている。都心ではシネコンが乱立しているが、地方では車で1~2時間かけて近郊のショッピングモール内にあるシネコンへ行くという声が多数聞かれる。都心と地方の映画文化格差は広がる一方だ。
映画館に来る人を待つのではなく、こちらから届ける
齊藤が発案者として本プロジェクトを始動させるに至った経緯は、映画産業に携わる者の一人として、こうした現状を見て見ぬふりできなかったようだ。
「都心の映画館ですら、平日の日中だと空席だらけだったりします。映画上映のスケジュールと、観客のニーズが合ってないのではないか? また俳優として宣伝に関わる際にも、大きな作品ほど初日に標準を定めて集中的に行いますが、あとはおざなりになっている感じがします。それは、どこか不健康なのではないか? とずっと考えていました。そこでたどり着いたのが、映画館に来る人を待つのではなく、映画館が自由に移動して、僕たちが届ければいいのではないかと。でもこれは昔の旅芸者のようで、むしろ古典的なやり方なのではないかと思います」(齊藤)。
そう、移動映画館はこれまでも行われてきた。西田敏行主演映画『虹をつかむ男』(1996)で描かれていたように、古くは映画館主が映写機を車に積んでの移動映画館は行われてきたし、東日本大震災後には13トンの大型トラックと大型テントを組み合わせた移動映画館「MoMO」(株式会社RESPECTが運営)も誕生した。
だがcinema birdの場合は映画上映だけではない。お笑いライブやミニライブも行うなど盛りだくさんなプログラムで、この日の出来事を丸ごと思い出にしてもらおうという狙いがある。参加ゲストはいずれも齊藤が仕事などを通して出会った人たち。熊本には、NHKドラマ「運命に、似た恋」(2016)で共演した女優原田知世も駆けつけ、主演映画『しあわせのパン』(2011)も上映された。
何より俳優が音頭を取り、自身の出演作ではない作品を上映しつつ、映画興行の在り方について一つの提案を示すのはまれだろう。「映画好きの人間が俳優として関わってきましたけど、もっといろんな形があると思うんです。映画を作るのもそうだし、移動映画館もその一つ。今は“映画”を全方位して、自分と(映画の)距離を探しています」(齊藤)。
“映画を届けたい”という情熱
齊藤の本気度は、現場の隅々に表れている。筆者が訪問したのは、2016年11月19日に福島県立原町高校の体育館で開催された「cinema bird in 福島2016」。3部構成で近隣住民計900人を招待する一大プロジェクトだ。当日はあいにくの雨。屋外には、観客が待機できるようテントが設営され、仮設トイレも用意。体育館内には座布団やヒーターもたかれて防寒対策も抜かりがない。
非劇場での上映となると、環境面でどうしても妥協しなければならない要素が出てくるが、最適な状態で観賞してもらおうとする配慮がなされていた。
同時にそれは、齊藤らスタッフが厳選したお気に入りの作品への愛情でもある。映画『フラッシュバックメモリーズ 3D』で、第1弾(宮城県石巻市のコミュニティカフェHANA荘=2016年9月閉鎖)と第2弾(福島県双葉郡・福島県ふたば未来学園高校体育館)に参加した松江哲明監督が語る。
「齊藤さんの“映画を届けたい”という熱に引っ張られて参加しました。心底、惚れ込んだ映画への思いが伝わり、その一本として自作『フラッシュバックメモリーズ 3D』を選んでいただき、しかも3Dの設備を導入してでの上映。監督として作品をベストの状態で届けてもらえるのは光栄です。齊藤さんの映画愛は有名ですが、実行に移していることが素晴らしいです。『やれることをやるだけさ、だからうまくいくんだよ』とは、きっと齊藤さんも好きだと思う映画『アイデン&ティティ』(2003)のせりふですが、体育座りをして映画を観る背中を見て、そんなことを思い出しました」(松江)。
実績を持つ人々との関係で安定した開催を行える
企画・制作として、齊藤をサポートしているのは東京ガールズコレクションをプロデュースしていることで知られる株式会社W TOKYO(東京都渋谷区)。同社は2014年に東京ガールズコレクションを福島で開催した実績を持つ。
cinema bird は復興支援も担っており、これまでの開催地はいずれも東日本大震災と熊本地震の被害を受けた地域で、現地の声をプログラムに生かしつつ協議し、参加申込者も地域住民に限定している。第2弾と第4弾を開催した福島県庁地域政策課も、東日本大震災直後は多くのボランティアを受け入れたが、今は継続的な支援活動を行なっている団体などに限っているそうで、W TOKYOとの信頼関係が開催の決め手になったという。
「端から見ていて、東京ガールズコレクションを福島で行うという復興支援の仕方が素晴らしいと思いましたし、同じ方向に向かっている人たちと出会えたと思いました。彼らがサポートしてくれるからこそ、一日で1,000人を招くような規模で開催できるし、地域の方々とのコミュニケーションを密に取ってくれるので蓋を開けた時に心配がない」(齊藤)。
運営母体を盤石にするのは末長く活動を行なっていく為の基本だが、当初から cinema birdがいずれ齊藤の手を離れて独り立ちすることを念頭に置いており、回を重ねながらその体勢を整えているようだ。
「僕が発案者に留めている理由はそこにあり、実行委員会のメンバーだけでも開催できるような、もっと気軽なプロジェクトになってほしい。地域と時期と場所によって形を変えて行なっても良いのかなと考えています」(齊藤)。
映画館を復活させる動きが各地で起きている
早くも各所から開催要望の依頼は多いという。上映場所は多岐に渡り酒蔵、スケートリンク、星空上映、お化け屋敷etc……。
中でも今後の可能性を感じるのは神社仏閣。第3弾を大分県豊後大野市の明尊寺で行っているが、2016年3月に開催された「東アジア文化都市2016奈良市」に参加した際、斎藤主演&河瀬直美監督『RESPECT』が東大寺で行われたことに刺激を受けたという。
いま地方では映画館を復活させようという動きが各地で行われている。2016年9月、三陸地方唯一の映画館だったみやこシネマリーンは閉館したが、岩手県宮古市では、新たに酒蔵を活用した文化複合施設「シネマ・デ・アエル」を設立し、映画を含めた文化イベントを定期的に行なっている。
茨城県那珂市瓜連地区と静岡県富士市では有志が集まり、それぞれ映画館設置プロジェクトが立ち上がった。また沖縄でも、移動映画館シネマピクニック(沖縄の映像制作会社シュガートレインが企画運営)が2016年10月からスタートしている。
映画館で映画を見たい! という需要は確かにある。しかしcinema bird を含め、非劇場や自主上映となると必ずしも希望の作品が上映できるとは限らず、まだまだ映画会社の理解と協力が得られていないのが実情だ。
映画を愛する人たちの声にどのように応えていくべきか。製作者や俳優も含めた映画業界全体で考えていく時期にきているのではないだろうか。
●cinema bird
http://cinemabird.com
●全国スクリーン数(一般社団法人日本映画製作者連盟)
http://www.eiren.org/toukei/screen.html
●映画上映の現状(一般社団法人コミュニティシネマセンター)
http://jc3.jp/wp/wp-content/uploads/2016/05/current_state_of_screening2015.pdf#search=%27全国スクリーン数+2014%27
●MoMO
http://sumomo.co.jp/?p=200
●シネマピクニック
https://a-port.asahi.com/okinawatimes/projects/cinema_picnic/
●Fuji映画館復活プロジェクト
http://fujicinemareborn.net/?page_id=2
●カミスガフィルムクリエイト
http://kamisugafilm.org
●シネマ・デ・アエル
https://cinemadeaeru.wixsite.com/cinema-de-aeru