松本潤がオーラを消し、30代で見せた新境地
島本理生の同名小説を主演に嵐・松本潤、ヒロインに有村架純を迎えて映画化する『ナラタージュ』(10月7日公開)の行定勲監督が、嵐としてのオーラを消して許されぬ恋に落ちる高校教師を演じ切った松本の演出秘話を明かした。それは、松本のチャームポイントでもある体の一部分を隠すところから始まった。
「きみはペット」(2003)、「花より男子」シリーズ(2005・2007)、「失恋ショコラティエ」(2014)などのテレビドラマや『僕は妹に恋をする』(2006)、『陽だまりの彼女』(2013)などの映画で数多くのラブストーリーをこなしてきた松本だが、本作で演じたのは自分の感情を表に出さない不器用で弱い男、というこれまでにないキャラクター。高校時代に孤独だった生徒の泉(有村)を救ったことから親密になり、時を経て大学生になった泉と再会し、許されぬ恋に落ちる。顧問の演劇部の部員をはじめ生徒に真摯に向き合う優しい男だが、妻と離婚が成立していない事実を打ち明けられず、泉を傷つけてしまう。
行定監督はそんな葉山と松本の接点があまりにもないことを指摘し、「彼はどちらかというと自分を客観的に見ているし、理路整然と話すタイプ。自分の中に眠っているものを引き出してもらいたいという貪欲さもあるし、男気のある人でこれまであまり葉山のように“何を考えているかわからない”曖昧さをもつ役にキャスティングされていなかったので、彼の葉山像が想像つかなかった」と率直な感想を述べた。実際に松本にオファーした際には本人もこれまでにない役柄に戸惑っていたというが、行定監督は答えが見えないからこそ共に挑みたいと思うようになり、松本を口説き落としたという。
監督がまず松本に伝えたのは「目線の強さをいつもの40%まで落としてほしい」ということ。そして、「眉毛が見えないように前髪を作る」ことだった。キリリとした眉毛は松本のチャームポイントでもあるため「松本君はもしかしたらカチンときたかもしれないけど……」と葛藤があったことも明かしつつ、メガネをかけることでさらに眉毛とまなざしの印象をぼかし、衣装はグレーと茶ベースのくすんだ色みに。その結果、泉を振り回す葉山の「曖昧な内面」を表現することに成功した。
劇中、葉山が風邪を引いた泉を見舞いすりおろしたりんごを食べさせるシーンがある。女性なら誰しもときめくであろう甘美なシチュエーションだが、行定監督いわくここは「葉山が地雷を踏むシーン」。「葉山はとにかくミスをしまくる男。泉は、自分に対してどういう感情を持っているのか、はっきりさせないままそんな行動に出る葉山の無意識の狡さに苛立って、“いらない”と拒絶する。にもかかわらず、彼はスプーンでりんごを食べさせてしまう。これは、いわば優しさの押し売りだと思う」。
そんなハードルの高い役をものにした松本を、行定監督は「素直で真っ直ぐで、一度伝えたことはきっちり踏襲していった」と高く評価。「例えば、僕が提案した演出のプランをその場その場で変えられてしまうと、場面としては良くても編集の段階になって全体で観たときに邪魔になってしまうことがあるんですよ。でも、彼は全体のリズムを守ってくれる。彼には嵐という看板を背負っていて、打ち出していかなければならないイメージがあるけど、それを凌駕して俳優として化けていく力を確実に持っていると思う」と続けた。(取材・文:編集部 石井百合子)