曲の構造がキャラクターの動きを決めた!エドガー・ライト監督『ベイビー・ドライバー』の型破りな作り方
大音量で流れる「ベルボトムズ」(ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョン)のリズムと完璧にシンクロしたカーチェイスが繰り広げられるオープニングシークエンスから、観る者を虜にするエドガー・ライト監督の映画『ベイビー・ドライバー』。30もの名曲の数々がほとんど途切れることなく流れ、それらが登場人物を、シーンを動かしていくさまは、えも言われぬ爽快感だ。アメリカでは累計興行収入1億ドル(約110億円)を超える異例の大ヒットを記録している本作の型破りな制作法について、来日したライト監督が語った。
主人公は、天才的なドライビングテクニックを誇る、若き逃がし屋ベイビー(アンセル・エルゴート)。子供時代の事故の後遺症である耳鳴りをかき消すため、常にiPodでその状況に合った音楽を聴いている彼が、近くのコーヒーショップに使い走りに行かされたときにチョイスしたのがボブ&アールの「ハーレム・シャッフル」だ。イヤホンを耳につっこみ、踊るように歩くベイビーのリズムだけでなく、犬の吠える声、ATMの音といった“街の様子”も曲と完璧にマッチしていて驚かされる。
「クレイジーに聞こえると思うけど、9年前、最初にこの映画についてやったのは、いくつかの曲にサウンドエフェクトをミックスすることだった。イギリスのDJのOsymysoと一緒にね。彼は(“音楽が原動力となる映画”という)本作のアイデアを本当によく理解してくれていたよ。だから“街の音”をミックスした『ハーレム・シャッフル』はずっと前から仕上がっていたんだ」。
そのため、ミックスした曲ありきで相応しいロケーションを見つける作業をしたとライト監督は楽しそうに笑う。「曲を長くすることはできないから、スタート地点として使いたいドアを見つけたら、自分のiPhoneでその曲を流しながら歩いてコーヒーショップを探したんだ。そのドアからできるだけ遠くへ歩いて、『これじゃダメだ』『こっちの道はどう?』『次はこっちを下って』というように。そうやってコースを決めて、ピザレストランがあったからそれをコーヒーショップに変えたんだよ。だから曲の構造が、映画で何が起こるかを全て決めたんだ」。
そして2度目の強盗&逃走シーンで使われたのはダムドの「ニート・ニート・ニート」だが、2分半ちょっとという曲の短さを逆手に取った素晴らしい工夫がされている。「このシーンについては、アクションを曲に合わせてアニマティック(動く絵コンテ)で事前にデザインしていたんだけど、撮影監督のビル・ポープに『曲が足りないと思う』と言われたんだ。『スタントは君が与えた時間より時間を取ると思うから。だから曲がなくなっちゃうよ』と。僕は『まあ、どうなるかやってみようよ』ってそのシークエンスを撮ったんだけど、ビルが正しくて(笑)。だからといってこのシークエンスにもう1曲追加したくはなかったし、曲ナシっていうのもこの映画に相応しくないから、撮影最終日にベイビーがiPodで曲を巻き戻すクローズアップを撮ることにしたんだ。それで終わりかけたこの曲にまた乗れるってわけさ」。
音楽と映像が完璧にシンクロするという本作の特性上、シーアのMVなどで知られる振付師ライアン・ハフィントンを雇い、キャストだけでなく街を歩く人々も曲のリズムに合わせて“振付”するなど(ベイビーがコーヒーショップへ行くシーンは約60人のダンサーが参加)、事前に決めたことをコントロールしていくことが重要だった中、「ニート・ニート・ニート」のように遊び心をもって撮影現場で機転をきかせもするライト監督の手腕は見事の一言。追手が迫り仲間たちが慌てる中、逃走用の曲を巻き戻すまでは頑として動かないベイビーの姿には、音楽なしでは動くこともできないという彼のキャラクターがよく表れている。
また、曲のリズムだけでなく歌詞もシーンとシンクロしている。「いくつかは、歌詞がそのシーンで何が起きているかに完全に一致しているよ。そしていくつかは、歌詞の文脈を変えて使っている。バリー・ホワイトの『ネバー、ネバー・ゴナ・ギブ・ユー・アップ』(訳:絶対に、絶対に君を諦めない)なんかそうだね」。音楽が導くアクションに迫力のカーチェイス、そしてベイビーのピュアな恋。映画館の大画面・大音量で観るべき、エキサイティングかつロマンチックな傑作だ。(編集部・市川遥)
映画『ベイビー・ドライバー』は公開中