クジラ漁の論争に映画で光を「太地の問題は現代の縮図」と監督
アカデミー賞を獲得したドキュメンタリー映画『ザ・コーヴ』(2009)によって、世界的な論争に巻き込まれた和歌山県太地町を長期にわたって取材し、捕鯨問題についてのさまざまな視点を提示するドキュメンタリー映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』が9日に公開となり、東京の渋谷にある映画館ユーロスペースで行われた初日舞台あいさつに佐々木芽生監督と、本作に出演したジェイ・アラバスタさん(元AP通信記者)、背古輝人さん(太地町漁業協同組合組合長)らが登壇。佐々木監督は「クジラ漁、イルカ漁がいいか悪いかということを超えて、いま世界で起こっている価値観の衝突をこの作品で表現できたのではないか」と自信を口にした。
紀伊半島南端に近く、400年にわたるくじら漁の歴史をもつ「クジラの町」太地町は、追い込み漁を糾弾した『ザ・コーヴ』の公開以来、シーシェパードなど世界中の活動家や団体の非難の的となってきた。今作は、太地町の町民や漁師たち、シーシェパードのメンバー、太地町に滞在するアメリカ人ジャーナリストらに取材し、太地町の歴史をひもときながら、捕鯨問題の賛否にとらわれず、多様な意見が共存できる可能性を探っていく。ニューヨークに暮らす佐々木監督はこれまで、ロングヒットとなったドキュメンタリー映画『ハーブ&ドロシー』シリーズなどを手掛けてきた。
本作の制作について、佐々木監督は「2010年から取りかかり7年もかかってしまいましたが、クジラと生きてきた町の伝統は、町の人たちが受け継ぐアイデンティティーや誇りであるわけです。それを町の人々から奪うのはどうなんだろうと思った」と振り返り、「2014年秋に太地町でジェイと出会い、この映画にとって彼は運命だと思いました」と続けた。
AP通信の日本特派員だったアメリカ人のジェイさんは捕鯨問題の取材で太地町に滞在していたが、映画の中ではこの複雑な問題に分け入る案内役として重要な役割を果たしている。「アメリカに長く住む私と、日本に長く住むジェイ。(母国でない)外国に住む者として、問題への考え方が一致した」と佐々木監督。続いてジェイさんも「アメリカやオーストラリアの政治家にとって、反捕鯨は環境意識をアピールするおいしいネタなんです。捕鯨反対と言ってそれに反対の政敵は誰もいないから。日本側もそれをわかって自分の立場を冷静に打ち出すべきですが、情報発信がうまくいっていない」と議論のかけ違いを指摘した。
元漁師の背古さんは「私は追い込み漁に30年たずさわってきましたが、賛成反対のどちらにも決めない(この映画の)内容をとても喜んでいて、観たみなさんが個々に判断してもらうのが一番いいと思う。私は大好きで、もう4回も観ました」と感想を語る。佐々木監督は「太地町の問題は、太地町だけでなく、世界から見た日本の問題でもある。(文化的な)背景が違う者同士が、どう理解していくか。幸いニューヨークで上映したときは拍手喝采が起きて勇気づけられました」と熱っぽく語っていた。この日は、ほかに宇佐川彰男さん(太地町教育委員会・教育長)、真木太郎(エギゼクティブプロデューサー)も登壇した。(取材/岸田智)
映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』は東京・渋谷のユーロスペースにて公開中 その後全国で順次公開