近代建築巨匠ル・コルビュジエ作ではなかった…歴史に埋もれた女性デザイナーの信念
モダニズム建築史に残る傑作「E1027」は長らく近代建築の巨匠ル・コルビュジエ作とされてきた。しかし、真の作者は、アイルランド出身の女性デザイナーで建築家のアイリーン・グレイだった。なぜ彼女の偉業は歴史の陰に覆い隠されてしまったのか、そして彼女の創作における信念に迫る映画『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』で、メガホンを取ったメアリー・マクガキアン監督が本作に込めた思いなどを語った。
2009年、オークションで当時史上最高額の1,950万ドル(約28億円)で落札されたイスをデザインした人物こそ、アイリーンだった。監督はこの伝説のオークションをきっかけに、映画化を心に決めたという。しかし、「アイリーンは自身が残した書簡を死ぬ前に全て破壊してしまいました。何とか、私はそれぞれのピースを継ぎ合わせることができましたが、どの作品がいつ、どこで、誰と創られたのか、そして各シーンのインテリアの性質については想像するしかありませんでした」と歴史の闇に葬られていた彼女を知ることの困難さを明かす。「アイリーンの人生についてはいくつもの説が存在し、論争もありましたし、それらには必ずしも互換性がありませんでした。私は頼もしい専門家たちに出会うことができたので、彼らにとにかく助けられました」。
そうして様々なリサーチを重ねた結果、完成した本作では、アイリーンの才能をひどく羨んでいたとされる“巨匠”コルビュジエが、観客に向けて語りかけてくるのがどこかユーモラスで印象的だ。「ル・コルビュジエの本名はシャルル=エドゥアール・ジャンヌレです。つまり、“ル・コルビュジエ”はシャルルによって創造されたキャラクター、外的人格、仮面のようなものとも言えます。(コルビュジ役の俳優)ヴァンサン・ペレーズは映画の中で、CJ(私たちはそう呼んでいました、シャルル・ジャンヌレの短縮形です)と、第4の壁を壊し、問題に対する彼の見解を観客に示したル・コルビュジエ(彼の外的人格、仮面)の両者を演じました。そして、それにより、このキャラクターと(より誤解の多い)外的人格の2面を映画の中で区別でき、それによって、彼らがアイリーン・グレイに与えた影響を探求できました」。
「ル・コルビュジエが嫉妬深く、組織的に彼女のキャリアを侮辱していたという単純な見解がありますが、(雑誌編集者でアイリーンを見出し、プライベートでは彼女のパートナーになる)ジャン・バドヴィッチやアイリーンとの関係を構築するシャルル・ジャンヌレとしての彼と、二人とプロフェッショナルな付き合いをしていると思われていたル・コルビュジエについての世間が抱いていたイメージのギャップについて理解しだすと、真実は非常に複雑であることが分かります」。そう、この映画では、アイリーンだけでなく、あまりにも有名なコルビュジエの知られざる面も浮き彫りになる。
また、アイリーンの境遇を通して力強いメッセージも描かれる。「才能のある女性が世に出ようとすると、必ず男尊女卑に阻まれる。それは今も昔も変わっていません」。そう吐露する監督自身も女性だ。「私たち(女性監督)は男性と同じ舞台には立っていません」とこぼしつつも、映画づくりについて「私はアイリーンの“物の価値は創造に込められた愛の深さで決まる”という考え方の純粋さを敬愛しています。彼女は芸術家のためではなく、“芸術のための芸術”という考えを心から信じていました。ですから芸術という行為そのものによって自分の芸術的な満足を得るべきだと思います」とアイリーンのスピリットを継承していることをうかがわせた。
「彼女の栄光は長い間消されてきました。ですが、こうして日本でこの映画を上映し、彼女の作品と生涯を知っていただく機会をいただけることは非常に嬉しいです。ついに、アイリーンが建築とデザインに残した遺産が認められる時がやってきたのだと思います」と思いを馳せ、「アイリーンが漆を使って家具を作ったことは有名ですが、彼女の他のプロダクトもミニマリズム、多機能、を兼ね備えた日本の精神を受け継いでいます(E1027のメインルームの多機能ぶりは、まるで畳の部屋のようです)。(コルビュジエに師事した女性デザイナー)シャルロット・ペリアンはアイリーンに憧れて、日本を訪れました。ですから、日本でこの映画が公開されることはとても嬉しいです」と心躍らせていた。(編集部・石神恵美子)
映画『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』は10月14日よりBunkamuraル・シネマ)ほか全国公開