こんなアメコミ観たことない!2017年上半期で最もぶっ飛んだ快作「レギオン」<シーズン1評>
厳選!ハマる海外ドラマ
マーベル・コミックスの「X-MEN」のキャラクターを主人公にしたSFアクション「レギオン」は、2017年上半期に上陸した作品の中で、最もぶっ飛んでいて、真に“新しいものを観た”と思わせてくれたドラマだ(下半期は「ツイン・ピークス The Return」という別の怪物が立ちはだかる。何という現代のテレビの革新性と奥深さよ!)。クリエイターはアンソロジーシリーズ「FARGO/ファーゴ」で気を吐くノア・ホーリー、主演はドラマ「ダウントン・アビー」や映画『美女と野獣』(2017)の英国俳優、ダン・スティーヴンス。多くのエンタメファンにとって題材には、何となくでも馴染みがある。だが、当代きっての才人ホーリーのアダプテーションにMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)のような作品を期待してはいけない。リアリティーとフィクションの境界線を描く映像世界は、奇抜でドラッギー、もはや未知の領域。観る前には想像もできない独自のユニバースを構築している。
【動画】「レギオン」とまるで別人…『美女と野獣』のダン・スティーヴンス
主人公のデヴィッド・ハラー(レギオン)は妄想型統合失調症の治療のために精神病棟へ収容されている。頭の中では声が聞こえ、幻覚・幻聴などかなり混乱しているが、第1話「覚醒」で早くもミュータントとして驚くほどのパワーを秘めていることが明かされる。アメコミには詳しくないのでコミックとの比較は専門家に任せたいと思うが(詳しくなくとも楽しめる作り)、前提としてデヴィッドは、映画ではパトリック・スチュワート演じる地上最強のテレパスでX-MENの創始者チャールズ・エグゼビア(プロフェッサーX)の息子で本人はその事実を知らない。ドラマは彼が覚醒したら、どれほどすごいのかと期待させるに十分な始まりだ。
まず驚かせされるのが映像面。「映像がすごい」と言われても大抵のことでは驚かなくなったこの時代に、これほど興奮させてくれるとは。大いに話題となったキッチンで物が飛び交うシーンなんて、スゲー! カッコイイー! と無心で叫びたくなるほど。唐突にボリウッド風のミュージカルシークエンスがあるのも、「何じゃこりゃ」と笑いながら気分が上がる。シンメトリーな構図にカメラワークやVFX、編集、音響もすべてが巧みで、ウェス・アンダーソンを思わせるポップでレトロな色彩を含めて魅了される。施設の面々に外の世界のミュータントたちなど登場人物も個性的だ。特にデヴィッドと同じく病んだ親友レニーを演じるオーブリー・プラザの突出した存在感といったら。ベテランのジーン・スマートはもちろん、スティーヴンスもハマり役だしめちゃくちゃカッコイイ。一方で、過去や現在など時間軸がどこにあるのか、テレポーテーションもあったりと時空間の把握が一筋縄ではいかないので理解に時間がかかる(そこが醍醐味なのだが)。初回の監督はホーリーが務めているが、何だかよくわからないながらもつかみはオッケーな始まりだ。
だが、文字通り初回の驚きは序の口。中盤を過ぎると、1話ごとに極めて実験的で野心的な試みの連続で息をのむ。放送事故!? と視聴を驚かせた第5話はベストエピソードかもしれない。でも、「アトランタ」の高評価で時の人となったドナルド・グローヴァーが、今年のエミー賞での受賞スピーチで最大の賛辞を贈ったヒロ・ムライ(「アトランタ」でも監督を務めている)が監督する第6話のぶっ飛びぶりもすごいし、第7話でさらにびっくり。1960年代の映画やカルチャーからのインスピレーションを軸とし、まるでサイレント、白黒からトーキーへと映画史をなぞるかのような古典的な撮影法や技術を使いながら、ゲームやMTVなどの影響もあるであろう、最先端の技術をこれでもかと見せつける映像世界はスタイリッシュで洗練されている。アメリカのドラマのエピソード監督は、基本的には職業監督としての色合いが強いが、本作のスタイルは各人の力量が試されるものだ。いずれもホーリーの作品や同じFX(FOX傘下のケーブル局)のヒット作を中心に手がけている有望株(6人のうち2名は女性監督)で、編集や撮影ほかメインスタッフは今後の活躍が楽しみな人材の見本市と言えるかも。
もっとも真の革新性は、3年もの時間を費やし本作に臨んだというクリエイター(企画と往々にしてショウランナーを兼ねる)のホーリーの視点にある。「レギオン」の大筋は、子供の頃から問題児のデヴィッドが、精神病院で薬漬けとなり、幻聴幻覚やトラウマに苦しみながらも、自分が何者かを知り、束縛から自由となり、他のミュータントたちとともに敵に立ち向かっていくというもの。これは従来のスーパーヒーローものと同じ筋書きにも思えるが、実際には全く異質だ。
デヴィッドの幻覚と現実が渾然一体となって、何がリアルで何がフィクションかが視聴者にも判然としないのは、本作がデヴィッドの脳内のビジョン、意識を描いているから。視聴者が体験するのは、そのままデヴィッドが見ているものであり、デヴィッドが認識している世界だ。作り手は意図的に、デヴィッドは無意識の信頼できない語り手として、自分が何者であるかを知るために意識の奥深くへと潜っていく。精神世界で2人のデヴィッドが対話するあたりでは、A.I.に自我が生まれる過程を”A.I.の視点”で描いた秀作「ウエストワールド」を彷ふつさせる。また、視聴者の目に映るものがその通りではないといったトリッキーな演出には、前述の「ツイン・ピークス」のデヴィッド・リンチ独特の映像世界に通じるものも。ちなみにホーリーの音の使い方、音楽へのこだわりはリンチに負けるとも劣らずで、ホワイトノイズを効果的に使ったり、アンジェロ・バダラメンティ的なポジションで「FARGO/ファーゴ」や「ナイト・オブ・キリング 失われた記憶」のジェフ・ルッソによる楽曲も印象的。一方で、サイケデリックなBGMのセレクトもかなりツボ。ザ・フーの「Happy Jack」やザ・ローリング・ストーンズの「She's a Rainbow」、セルジュ・ゲンズブール、トーキング・ヘッズ等々、毎回のように心憎い。
これほどの作風の自由度の高さが可能となったのは、作り手の個性を最大限に生かした作品を輩出しているケーブル局FXだからこそ。その昔は「ザ・シールド ~ルール無用の警察バッジ~」や「ダメージ」など挑戦的で個性の強い人気作をコンスタントに輩出してきた同局の顔と言えば、「アメリカン・ホラー・ストーリー」「アメリカン・クライム・ストーリー/O・J・シンプソン事件」「フュード/確執 ベティ vs ジョーン」と快進撃が続くライアン・マーフィーだ。グロテスクでスキャンダラスな整形外科医のドラマ「NIP/TUCK マイアミ整形外科医」で才覚を見せたマーフィーだが、観た人はこんなものを作らせた放送局がエライと思ったに違いない。現CEOのジョン・ランドグラフは才能を発掘し、チャンスを与え、優秀な人材を育てる信頼できる人物として、業界と批評家たちの尊敬を集めており、マーフィーはその最大の成功例。作家として評価の確立しているホーリーが「FARGO/ファーゴ」で大成功を収めることができたのも、同局の方針、ランドグラフのビジョンに寄るところが大きいのは明らか。Netflixなどのオンライン配信サービスの台頭によって、ケーブル局の中にはオリジナル番組からの撤退も相次いでいるが、結局のところは良いコンテンツ(良い人材)を持っているところが供給過剰時代を生き残ることができるのだろう。
「レギオン」(原題:Legion)シーズン1(全8話)
98点
SF ★★★★★
サスペンス ★★★★★
アクション ★★★★☆
恋愛 ★★☆☆☆
視聴方法:
「レギオン ブルーレイBOX」(価格:8,000円+税)は10月18日、20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパンより発売
Amazonビデオ、dTV、Google Play、楽天TV、U-NEXTにて配信中
今祥枝(いま・さちえ)映画・海外ドラマライター。10月より「女性自身」で海外ドラマのコラムの月一連載スタート。著書に「海外ドラマ10年史」(日経BP社)。当サイトでは「名画プレイバック」を担当。作品のセレクトは5点満点で3点以上が目安にしています。Twitter @SachieIma