視聴スタイルの多様化で岐路に立たされる映画監督の「今」
『ユキとニナ』から8年ぶりとなる諏訪敦彦監督の仏日合作作品『ライオンは今夜死ぬ』が1月20日より公開される。フランスの名優ジャン=ピエール・レオを主演に、映画を作ることの楽しさ、映画を観ることの喜び、そして生きることの素晴らしさを描く映画だ。南仏の美しい風景を捉えた本作は、映画館のスクリーンでこそ、その魅力を最大限に堪能できるものだが、昨年2017年のカンヌ国際映画祭のコンペティションでNetflix配信作品が選出されたことが争点になっていたように、昨今はネット配信サービスの普及により映画館以外で映画を観ることが増えてきているのも事実。そこで国内外のキャストやスタッフと多くの名作を生み出してきた諏訪監督の意見を交え、映画を観るスタイルの多様化について考えてみたい。
【動画】諏訪敦彦監督×ジャン=ピエール・レオ主演!『ライオンは今夜死ぬ』予告編
今や初めて観た映画はネット配信だったという世代も多いのではないだろうか。ゆえに世代の違いで映画への反応も違ってくるのではないか? そのことについて監督は「僕は映画館に愛着がある世代だと思う」と自身について答え、初めて心動かされた映画との出会を明かす。フランス映画を代表する監督の一人であるジャン=リュック・ゴダールの作品で、深夜にモノクロの小さなテレビで観た『軽蔑』(1963)だったという。「赤や青などビビッドな色彩の映画を、シネスコのワイド画面もないテレビで観たので、いろいろな要素が損なわれているはず」としながらも、「その時に感じた『何だこれは!』という驚きは今でも忘れられない」という。
最新作『ライオンは今夜死ぬ』は、南プロヴァンスにあるラ・シオタという街で撮影された。この街には映画の父と言われるリュミエール兄弟による世界最初の映画の一つ『ラ・シオタ駅への列車の到着』(1896)が撮影されたラ・シオタ駅がある。その映画が上映された「エデン座」という映画館は、世界最古の映画館の一つとして現存している。諏訪監督は撮影でお世話になったお礼として、100年以上前に建てられたその映画館に街の人たちを招待して新作を上映したそうだ。その時の様子について「みんなが同じ方向を向いて座り、大きなスクリーンに映し出された作品を観るという劇場空間は100年以上変わっていないことを目の当たりにした」と語る。
そんな体験をしてきた監督は「映画を観るスタイルが多様化することはいいこと」とも言う。多様化によって文化が豊かになるからだ。ざっくり映画の歴史を振り返ってみると、そもそも映画は「写真が動くってすごい!」という新しい発見から始まったと言われている。最初は19世紀後半にアメリカの特許王エジソンが発明した「キネトスコープ」という箱型映画装置を1人で覗き込むスタイルだった。のちにリュミエール兄弟が発明した「シネマトグラフ」によって、背後から光を当てて大きなスクリーンに投影するスタイルになったという。映画館のように大勢が同じ方向を向いて並んで座り、後方から投影された映画を観るスタイルより前に、小さな箱を1人で覗いて観ていたのだ。
「モニターで観る映画と映画館で観る映画は全く違う体験」と監督が語る通り、PC、スマートフォンなど小さなモニターで観る映像は単なる情報になっているのかもしれない。しかしフィルムとデジタルの違いがどのように影響するかを含めて、さまざまなスタイルで映画を観ていくことで改めて映画館の暗闇の中で映画に身を委ねる体験を再発見できるのではないだろうか。また、映画自体も多様にある。気分がスッキリするブロックバスター系の映画や、すぐには理解できないが何かを感じるアート系映画、VRやARなどで展開する映画もあるだろう。どんなスタイルで観たとしても、「モノクロのテレビでゴダールに出会ったように、『これ、訳がわからない!』という驚きが、その人を豊かにする」のだ。
「映画は生きているメディア。いろいろな形で展開していく可能性がある」と柔軟な姿勢を見せる監督だが、自身の映画作りにおいて「今までと大きく何かを変えることはないだろう」とも言う。ではなぜ映画を撮るのか。それは「さまざまな映画を観ることで自分を再発見できた経験があるから」だそうだ。映画誕生の地で作られた『ライオンは今夜死ぬ』を観て、映画の魅力を再発見し、心が豊かになったことを改めて感じた。(取材・文:芳井塔子)
参考文献:「映画館と観客の文化史」加藤幹郎著:中公新書、「フランス映画史の誘惑」中条正省平著:集英社新書