「陸王」「半沢」 監督の『祈りの幕が下りる時』は、日本人に刺さる王道演出
阿部寛主演の映画『祈りの幕が下りる時』が1月27日に公開され、週末興行ランキングで初登場1位にランクイン。東野圭吾原作「新参者」シリーズの完結編となる本作は、2012年1月に公開された劇場版の前作『麒麟の翼 ~劇場版・新参者~』を超えるヒットが期待される。監督に抜擢されたのは、「半沢直樹」や「陸王」など、池井戸潤原作のテレビドラマで知られるヒットメイカー、福澤克雄。まさにシリーズを締めくくるにふさわしい、日本人に刺さる彼の演出力に迫る。
2013年に放送され、その年の流行語にもなった「倍返しだ」とともに、最終回の平均世帯視聴率が42.2%を記録する社会現象と化した「半沢直樹」の堺雅人。2017年に約20年ぶりにTBS連ドラに主演し、最終回は20.5%を記録した「陸王」の役所広司。彼らは福田がメイン監督を務めた連ドラにおいて、あまり映画などで見せたことがなかった情感豊かでアツい芝居を引き出され、新たなファン層を獲得した。(視聴率はビデオリサーチ調べ)
見方によっては、“わかりやすい芝居”かもしれないが、勧善懲悪のキャラたちによる時代劇的といえる池井戸作品の世界観において、この王道さこそが、日本人の心に最も突き刺さるアプローチであり、それによって引き出されるダイナミック感こそが福澤演出の最大の特徴。ちなみに、「陸王」で、Little Glee Monster が歌う「Jupiter」が流れるタイミングは、「水戸黄門」の“印籠”に匹敵するとまで言われたほどである。
一方、2010年の連ドラに始まり、2011年と2014年に放送された2本のスペシャルドラマ(「赤い指」「眠りの森」)、そして映画版(『麒麟の翼 ~劇場版・新参者~』)と、およそ8年にわたって、日本橋署に勤務する刑事・加賀恭一郎を演じてきた阿部寛。「トリック」シリーズの教授や「結婚できない男」の40代独身男など、これまではどこかエキセントリックな役が多かった彼にとって、クールで表に感情をほとんど出さない加賀は、新境地になると同時に、当たり役になった。そんなひょうひょうとした雰囲気が持ち味であった加賀が、今回の『祈りの幕が下りる時』では、捜査する事件に失踪した母親が絡んでいることを知ったことで、激しい葛藤を見せることになる。
自問自答していく加賀の感情の揺らぎは、シリーズのファンも驚くほど観たことのないものだけに、これまで「新参者」シリーズに関わっていなかった(ある意味、“新参者”な)福澤監督の抜擢は、新風を吹き込んだといえる。福澤監督の成せる技がさく裂したこのシーンをはじめ、2015年に放送された連ドラ「下町ロケット」では池井戸作品における福澤演出の洗礼を受けている阿部自身、「福澤演出のなかで、これまでの加賀をどんどん壊していく作業は刺激になった」と語るほど、福澤イズムによる影響が随所に見られる。
また、福澤演出が際立つといえば、家族愛を描いたシーンが挙げられる。2003年に明石家さんまが5人の子を持つ父親を演じ、文化庁芸術祭テレビ部門大賞を受賞したスペシャルドラマ「さとうきび畑の唄」や、連ドラ「砂の器」でも組んだ中居正広が2008年に2人の子を持つ父親を演じた福澤の映画デビュー作『私は貝になりたい』など、「時代に翻弄され、引き裂かれていく家族」の姿は涙なしに観られない。『祈りの幕が下りる時』でも、加賀の母・百合子(伊藤蘭)が息子・恭一郎を想う気持ちはもちろん、松嶋菜々子演じる事件の容疑者・博美の過去が明かされたとき、観客の感情の高まりはピークを迎えるだろう。
加えて情景描写など、テレビサイズとスクリーンサイズのすみ分けがしっかり出来ているのも福澤演出の特徴であり、そういった意味でも『祈りの幕が下りる時』は劇場で観るべき一本に仕上がっているといえる。(文:くれい響)