前作はiPhone、新作は35mmで撮った『フロリダ・プロジェクト』で描く声なき人たちの現実
全編iPhoneで撮影した映画『タンジェリン』(2015)が世界中で話題騒然となったショーン・ベイカー監督。今回35mmフィルムで撮影したのは、現代アメリカが抱える影のひとつ「隠れホームレス」をテーマに母と子の絆を描いた作品。世界100以上の映画賞にノミネート、50以上の賞に輝いた『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(5月12日~)の公開に先駆けて来日した、ショーン・ベイカー監督が作品に込めた思いを語った。
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舞台は米フロリダ。“夢の国”ともいえる「ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート」のすぐ近くにある安モーテルには、定住の住まいを確保できない人々が最後のよりどころとして身を寄せ、その日暮らしをしている。母ヘイリーとモーテルで暮らす6歳の娘ムーニーは、同じ年頃の友達、母娘を温かく見守るモーテルの管理人(ウィレム・デフォー)らに囲まれ、楽しくエキサイティングな日々を過ごしていたが、二人に厳しい現実が忍び寄り、次第に追い詰められていく……。
映画の反響に「おそらく今までアカデミー賞にノミネートされた中で最も小規模の物語」とベイカー監督は冗談交じりに語るが、「小さな物語」に対する批評家、観客の反応は大きかった。数々の作品・監督賞なども受賞し、称賛の嵐が巻き起こった。
だが、反響の中でもベイカー監督がなによりも気に掛けたのが、ムーニーらが暮らすモーテルなどが実在するフロリダでの反応だったという。脚本(共同執筆)を作る上で、実際にモーテル住まいをしている人々から話を聞いたが、「彼らはこれまで、話を聞きたいとアプローチされることがなかった。自分たちは“声なき人”だと思っている。だから、(映画製作に3年間をかけた)アプローチは非常にデリケートに、彼らを尊重しながら行った。そして、人生や生活のことを尋ねると非常にオープンに話してくれた」という。それだけに、「オープニング週のプレミアでは、フロリダでたくさんのモーテルの居住者たちに鑑賞してもらい、非常に温かい反応で素晴らしかった。僕にとっては彼らがこの映画を受けとめ、受け入れてくれることが一番重要なことだから」とうれしそうに語るベイカー監督。
絶賛を支えたひとつは、愛らしい表情とチャーミングな演技で“天才子役”と呼ばれたムーニー役のブルックリン・キンバリー・プリンスや、その友達役の子役たち。ベイカー監督は「たくさんの映画を観たよ。巨匠たちが子供たちに取り組んでいる手法を観ておきたかったからね。是枝裕和監督の『誰も知らない』(2004)をはじめ子役が生き生きとした演技で魅せた作品を観返したよ。それが映画にインパクトを与えてくれた」と語る。
ベイカー監督自身、子供たちの自然な演技を引き出した術についても「脚本はあって、(子役が)それを暗記もしていたけど、そこはゆるくしていた。時には脚本から外れてもいいというように。あの子たちは冒険好きで、楽しんでいて……僕たちはそれが可能な環境作りを行った。単に子供たち(の言動)を記録することもあった。例えばベッドで踊るシーンは子供らが勝手にやっていたこと。学校での休み時間の場面も子供たちが自由に話していただけ」と振り返る。
日本映画が大好きというベイカー監督。「今村昌平さんや鈴木清順さんの作品に取り憑かれているよ。僕の作品にも似たようなテーマが見受けられるでしょ?(笑)。最近では園子温さんの作品も好きだけど、この映画にあたっては、大島渚さんの初期の作品『青春残酷物語』(1960)のスクリーン撮影やフレーム内の右と左での女性の撮り方などにインスパイアもされたよ」と明かす。
これからも社会派の映画を撮り続けていくというベイカー監督。注目のエンディングは胸を打つ。(取材・文:岩崎郁子)