『犬ヶ島』手作りだからこそのパペットの魅力!制作リーダー語る
ウェス・アンダーソン監督が『ファンタスティックMr.FOX』(2011)に次いで手掛けたストップモーションアニメーション『犬ヶ島』(公開中)。日本文化のユニークな表現やスリリングな冒険譚とともに、主人公の少年アタリや犬たちのパペットも見どころとなっている。作られたパペットの総数は1,000体を超えるという本作で、パペット制作のリーダーを務めたアンディ・ジェントが、手作りにこだわったパペット制作の苦労や魅力について語った。
本作では、近未来の日本の架空都市・メガ崎市を舞台に、“ドッグ病”の蔓延によってゴミの島に隔離されてしまった愛犬を捜す12歳の少年アタリと5匹の犬の壮大な冒険が描かれる。技術が進化した今でも、ストップモーションアニメは3Dの物体を1コマごとに撮影するという制作過程に変化はない。そこで重要になるのが、パペットの存在だ。パペット制作の指揮をとったジェントは、これまでアンダーソン監督作のほかにも、ティム・バートン監督の『フランケンウィニー』『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』などにも関わるなど豊富な経験を持つ。
『犬ヶ島』では、パペットはすべて手づくりにこだわり、ショットに応じて人形の大きさを作り分ける入念さで、作られた総数は1,097体に及んだ。ジェントは「監督は映像からも感じられる手づくりの感触が好きで、何よりもそこにこだわったんです。最近のストップモーションは滑らかで格好よく、一見ストップモーションに見えないようなものを追及する傾向があるのですが、僕たちは実際に人間が動かしたことが感じられるような表現を目指しました。それゆえに完璧ではないんですが、だからこそユニークなものが生まれるのだと信じているわけです」と語る。
とりわけ物語で大活躍する犬たちのパペットは、細かい表情や仕草、毛の一本一本までがリアルに作り込まれ、本物の犬よりも犬らしく感情が表現されていて愛おしさが込み上げてくる。素材にも大いにこだわり、各パペットの制作には約16週間、スカーレット・ヨハンソンが声を吹き込んだナツメグに至っては6か月を要したというから驚きだ。自身もチャーリーという名前のラブラドールレトリバーの犬を飼っているというジェントは、犬のリアルな表情を出すために徹底して観察を行った。「ワークショップでは5頭飼っていて、手足や耳がどう動くのか行動を観察していたんですが、犬にも人間と同じように眉毛のところに筋肉があるのに気づいたりしましたね」と細かな発見があったという。
さらに、「よく映画などで動物が喋っている様子を表現するときは、口を動かすことが多いのですが、今回は監督から、あまり唇の動きは使わないでほしいと要望されました。僕は犬の表情を出すためには目が肝心なのだと思っていて、瞼がどれくらい閉じているのか開いているのか、微妙に動かすことで人間的な表情が生まれるんです」と表現の秘訣を明かす。事実、劇中の犬たちは正面を向いていることが多く、ほんのわずかな機微によって生き生きとした感情が伝わってくる。
完成したパペットがアニメーターによって初めて動きを与えられる瞬間は、「自分の子供が初めて言葉を発するときと同じ気持ち」と語るジェント。「ずっと苦労して作ってきて思いが込もったパペットですからね。パペット制作者には泣く人もいれば笑いだす人もいるけれど、作り手としては、とにかく感無量なんですよ」と優しい笑顔を浮かべていた。
ジェントのもとにはチェコアニメの巨匠ヤン・シュヴァンクマイエル監督などからも依頼が来ているというが、「作家性のある監督たちは強いビジュアルのセンスを持っていますが、ときに苦労することもあります。僕が何より気にかけているのは、彼らが求めている理想にできるだけ沿ったものを作ること、そして実際に稼働可能なものを作ることです。アニメーターが動かしやすく、演技を付けやすいものでなければ意味がないので、各監督の美的な感覚を反映しながら、与えられた時間で最も美しいパペットを作ることが僕の使命なんです」と制作者としての思いを語る。多くの監督たちの理想を実現してきた彼の活躍は、今後も多くの作品で目にすることができそうだ。(編集部・大内啓輔)