子供時代を日本で過ごしたオスカー女優、回顧録で生け花の魅力を語る
『ポロック 2人だけのアトリエ』でアカデミー賞助演女優賞を受賞した女優のマーシャ・ゲイ・ハーデンが、5月1日(現地時間)、ニューヨークのコーネル・クラブで行われたQ&Aで、出版した回想録と自身のキャリアについて語った。
【作品写真】『ポロック 2人だけのアトリエ』での若きマーシャ
回想録「The Seasons of My Mother: A Memoir of Love, Family, and Flowers」では、アルツハイマーを患った彼女の母親との関係や、横浜に住んでいた時代に生け花を通して学んだ哲学、さらに現在に至るまでの女優として苦労などをつづっている。
父親が米海軍に所属していたため、家族で横浜に住んでいたことがあるというマーシャ。彼女を含めた5人兄妹を育てた母について、「母がわたしたちを育てた時代はインターネットなんてなかったの。テキサス州ダラス出身の母は、デニムスカートをはいて、気質も荒々しいところもあったけれど、日本では粘り強くわたしたちを育ててくれたわ」と話す。その後、ギリシャに住んでいたときには、2人の子供をイタリアとドイツに留学させながら、ギリシャに残った子供たちを懸命に育てたそうだ。
そんな彼女の母は日本で生け花に惹かれたそうだが、「生け花のモットーは、友愛にあると思うの。母は、アートや花を通してコミュニティーが親密になっていく過程が好きだったみたい。日本に居た頃に日本の学校で英語教師になったのだけど、まだ日本語が全然しゃべれなかった彼女に、学校の同僚が生け花を教えてくれたそうよ。海軍の他の奥様方と生け花を学んだことで、彼女の精神や感情をアートとして表現するはけ口になっていたわ」と当時を振り返った。生け花を「自然から生まれたクリエーションで、女性のコミュニティーを作り、その日の苦労を癒やす効果をもたらしていたのだと思う」と分析するマーシャは、自身も近年、時々生け花をすることがあると明かした。
晩年アルツハイマーを患った母親は、マーシャを娘だとわからなくなったそうだ。「電話したときにわたしだとわからなかったの。わたしは『わたしのことを知らなくてもOKよ。わたしはいつでもあなたのことを覚えているから』と伝えたわ。ある日、直接会ったときに、彼女は『誰なのか知らないけれど、どこかなじみがある気がするわ。重要な人物でもある気がする。それに、あなたはわたしをハッピーにしてくれるわ』と言ってくれたの。それだけで『やった~!』と思ったわ。もちろん、最初に母がわたしだとわからなくなったときは怖かったけれど、彼女の記憶の中でわたしがなじみのある人間として存在することで、彼女が心地よく居られるならば、それで良いと思ったの」と当時の心境を明かした。その後、母親が亡くなったことで、その悲しみを癒やすために回顧録を執筆したそうだ。
女優としては、『ポロック 2人だけのアトリエ』でジャクソン・ポロックの妻であり、画家でもあるリー・クラズナーを演じオスカーを手にしたマーシャ。ポロックの魅力を「子供のように愛情を欲したり、既存の枠にとらわれずに自由に表現したりしていたところが好きだわ」と語る。「リー役をオファーされたとき、わたしだって現代の画家になれるわと思っていたけれど、学べば学ぶほど(絵画が難しいことを知り)より興味深くなって、徐々にポロックの(画家としての)旅路を理解できるようになったの。ポロックはリーが離れていったときに、芸術家としての生命を失ってしまったと思うわ」と自身の見解を語った。(取材・文・細木信宏/Nobuhiro Hosoki)